天一国月曜礼拝のみ言(陽暦2022年1月17日)
【 礼拝のみ言 】
天一国九年天暦12月15日(陽暦2022年1月17日)
説教タイトル:「 聖殿が聖殿にならなければ 」
説教者:鄭 東洙 教区長
おはようございます。最近、オミクロン株の拡大で、全世界的に礼拝も教会に集まるという雰囲気ではなく、オンライン上の礼拝と集会がさらに拡大している今の状況でありますけれども、最近、いろんな議論があるんですね。教会で集まって礼拝をするのが正しいことなのか。オンライン上で参加することが正しいのかという。最近、こういう現状におきまして、どういう風にすることが正しいことかということをよく議論している内容があります。しかし、私は皆様にいつも話しているように、どこで礼拝をしたとしても、皆様の心の中の中心に誰がいるかということが非常に重要であります。皆様の心の中に誰が中心になって礼拝を捧げているか、それが皆様がいる現場におきましても、どこに行ったとしても、それが非常に重要な問題だと私は思っているんですね。
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<御言葉の訓読>
さて、ユダヤ人の過越の祭が近づいたので、イエスはエルサレムに上られた。そして牛、羊、はとを売る者や両替する者などが宮の庭にすわり込んでいるのをごらんになって、なわでむちを造り、羊も牛もみな宮から追いだし、両替人の金を散らし、その台をひっくりかえし、はとを売る人々には「これらのものを持って、ここから出て行け。わたしの父の家を商売の家とするな」と言われた。弟子たちは、「あなたの家を思う熱心が、わたしを食いつくすであろう」と書いてあることを思い出した。そこで、ユダヤ人はイエスに言った、「こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せてくれますか」。イエスは彼らに答えて言われた、「この神殿をこわしたら、わたしは三日のうちに、それを起すであろう」。そこで、ユダヤ人たちは言った、「この神殿を建てるのには、四十六年もかかっています。それだのに、あなたは三日のうちに、それを建てるのですか」。イエスは自分のからだである神殿のことを言われたのである。それで、イエスが死人の中からよみがえったとき、弟子たちはイエスがこう言われたことを思い出して、聖書とイエスのこの言葉とを信じた。
ヨハネによる福音書2章13節~22節v
私たちが行く道は二つです。それは、カインと自分のために行く道です。恩讐のための道まで経ていかなければなりません。それは、カインを収拾して行かなければならないということです。実体基台とは何でしょうか。アベルが自分の道を修めたとしても、カインを完全に屈服させなければ、神様のみ前に行くことができないのです。恩讐を導いていかなければなりません。恩讐と闘いながら行くのではなく、恩讐を導いていかなければならないのです。
天聖経p439.5メシヤを通した血統転換
人間が完成するというのは簡単です。幸福であることです。平和で幸福であることなのです。それ以上は必要ありません。それは、すべてのものがいっぱいに満たされている立場をいいます。
天聖経p1059.17平和と幸福
幸せだと感じるには、羨ましいと思うことがあってはいけません。愛にも羨ましいと思うことがあってはいけません。羨ましいと思うことがあれば、「幸せだ」と言うことができないのです。
天聖経p539.2三代が共に暮らす家庭の法度
エデンの園における完成とは、神様のことしか分からないことです。神様を第一に愛さなければなりません。その次に男性は女性を愛し、女性は男性を愛する、そのような人にならなければなりません。このようになるとき、責任分担を完成することによって、間接主管圏から直接主管圏内に行くことのできる新しい次元に越えていくのです。
天聖経p411.9人間の堕落
| <教会行事案内> |
| ○天一国月曜礼拝 |
| 日時:1月24日(日)開会:10:00 |
| 場所:大聖殿、インターネット中継 |

