天一国日曜礼拝のみ言(陽暦2022年6月26日)

【 礼拝のみ言 】

天一国十年天暦5月28日(陽暦2022年6月26日)

説教タイトル:「 召命の人生 」
説教者:鄭 東洙 教区長
 おはようございます。昨日は、韓国戦争の72周年を迎える日でありまして、特別な孝情天寶特別修練会が行われました。韓半島の平和のために世界から22ヶ国の若い青年たちが民主と共産に分かれ、韓半島で3年間戦争が行われた歴史的な日でありました。戦争によって犠牲になった人たちは、約300万人でありました。6.25戦争は皆様もご存知でおられるように悲劇的な戦争でありました。韓国の歴史を見ると、韓半島の約4分の1の家族が別れる悲惨な歴史を作り上げた戦争でありました。未だに多くの家族が別れて、生きているか死んでいるかもわからないまま、分断されている状況であります。
み言全文は会員ページよりご覧ください。
<御言葉の訓読>
 希望に満ちたあすが、召命を受けた者として「私」を呼んでいます。その召命された人が行く道は、運命によっていくのではなく、宿命的な道に従っていくのです。運命の道は変更させることができますが、宿命的な道が変わることはあり得ません。
 父子関係を変えることができますか。兄弟関係を変更させることができますか。できません。それは宿命的です。天運の道理と宿命に帰着して安着することを願う、そのような歴史が巡っているのです。その安着の基点が真の父母です。真の父母を中心とした真の子女の宿命的な関係を神様と結んでおいたので、これは変更することができないのです。
 皆さんは、自分自身を知りませんでした。そうこうするうちに、み旨を知るとともに、自覚の心情をもってこの門をたたいてきました。皆さんは、「歴史を経て、時代を過ぎて未来を開いていく私だ」ということを自覚しなければなりません。自分自身で自覚しているようですが、実際は神様が私を自覚させているのです。
 きょうの私が自覚した姿をもつために、数多くの予言者や烈士たちが血を流し、今も背後で、自覚した私になることを願っています。ここにおいて再び歴史を台無しにし、台無しにし続け、さらに台無しにする可能性のある自分だということを感じなければなりません。「歴史的な幼いアダムとエバの恨を両肩に背負い、現実と未来にまでも責任をもつべき私だ」ということを自覚しなければならないのです。

天聖経第8編第4章1節1・16

 

過去の礼拝のみ言


教会行事案内
天一国日曜礼拝

日時:6月26日(日)開会:10:00

場所:大聖殿、インターネット中継