自叙伝書写礼拝開催(陽暦2020年7月26日)

【自叙伝書写礼拝のみ言】

天一国八年天暦6月6日(陽暦2020年7月26日(日))

講演タイトル:「 生まれたことを深く感謝する 」
講演者:浅川 勇男 先生
インターネット中継にて「浅川勇男先生をお迎えして 自叙伝書写礼拝」(自叙伝書写会)を開催しました。
講話のPDFは会員ページよりご覧ください。
<浅川勇男 先生の講話>
 多摩東京教区の皆さんおはようございます。浅川勇男です。今日は平和の母のメッセージ、「生まれたことを深く感謝する」とこういうテーマでお話をさせていただきます。幸せ、これは誰もが求めています。ではどうしたら幸せになれるのでしょうか。その手っ取り早い方法、それは、あ・り・が・と・う、という感謝の言葉をとにかく口からたくさん出す。ありがとうを連発する。これは幸せになれる短距離ということになります。不幸な人の共通点は、ありがとうという言葉が口に出ません。ずいぶん傍から見ると、あなたって幸せだねとか、ずいぶん良いことが起こって良いねと言われても、本人自身がその自覚がないので、ありがとうという言葉を口に出さない場合があります。ですから、幸せな人というのは、自分の口からありがたい、ありがとうという言葉を朝に夕にたくさん口から出す人、これは幸せな人であります。
 そこでこの感謝のホップ・ステップ・ジャンプという話をしてみたいと思います。感謝の三段跳と言ってもいいでしょう。まずホップであります。まずこれができない限り、ステップはまず難しいです。それは、ありがたいこと、良いことが起こったとき、ありがとう、こういうことです。良いことや本当に素晴らしいことや思いもよらない何かとってもお得な事が起こった時、ありがとうと口から出すということ。これは幸せになれるホップということになるでしょう。
 ではステップの話をします。ホップ・ステップ・ジャンプです。ステップは、当たり前のことに感謝する、ありがとうということです。これは簡単ではありません。義務教育的に見ても、中学生のレベルでしょう。当たり前のことってなんでしょう。朝、食事ができること、ご主人が行ってきますと言って夕方帰ってくるってこと、子供が行ってきますと言って夕方帰ってくること、これ当たり前です。この当たり前が、とてもありがたいことなんだと。こういう風に当たり前のことに感謝できる人、これは幸せの運気、幸運を引き寄せます。当たり前ってありがたいことなのです。
 例えば、今この八王子においても、多摩東京教区の全域に渡る方々もマスクをしています。こういうマスクをしているわけであります。これって当たり前ですかと言うと、当たり前じゃないです。少なくても、この日本国民がどこを見ても皆マスクをしているなんていうことは、今まであり得なかったのではないでしょうか。ですから、当たり前って、マスクをしない状態、これが当たり前なのです。こう考えますと、マスクをしないで話ができる、マスクをしないで笑える、マスクをしないで歩ける、バスに乗る、中央線に乗れる、これってありがたいことなんだと。また、マスクをすることによって、人の喋った飛沫が自分にかからない。また、自分もまた仮に熱が出て、そして、仮に感染している場合、それを人に広げない、人様のために害を与えないという意味においては、マスクってとてもありがたいものです。このようにマスクのない生活がやがて始まった時、それがどんなに尊いかということにありがたい。そして、今またマスクというものがあることによって感染を防げるという、これもまたありがたいことなんだと。そのように当たり前のことに感謝できたら、これは幸せ、ありがたいことのステップになる。
 そしていよいよジャンプです。これはホップ・ステップがあって初めてジャンプがあるので、良いことがあっても感謝できない人、当たり前のことに不平不満を持っている人、この方はおそらくできないでしょう。しかし、ありがとう、ありがたいこういう思いと言葉が一番必要なのは、実はありがたくない時、不幸だと思っている時なのです。その時に、一番効果があるのが、ありがたいという言葉なのです。言葉は運気であり、言霊と言い、運勢を引き寄せます。その中の王者たる最高の幸運を引き寄せるのが、ありがとうという言葉なんだと。
 先般、私は名古屋に行きまして、素晴らしい証しを聞きました。これをご紹介したいと思います。このおばあさんは、一人暮らしで、とても寂しい生活をしていました。しかし、孫は3人いて、お嫁さんも実は町内に住んでいるのです。ですから、本来お嫁さんが3人の孫を連れてひっきりなしに家に来れば、それは幸せなそういうおばあさんなのですが、残念ながら孫はほとんど来ません。お嫁さんは全く来ません。ですから、一人ぼっちなのです。その一人ぼっちだっていうことに対して、このおばあさんは朝から晩まで嫁の悪口を言い続けました。愚痴です。嫁の愚痴、嫁に対する陰口を言い放題でありました。それを自分だけにためておくのはもったいないと思って、近所の人、親戚に嫁の悪口、陰口、玄関口、とにかく言いふらしたのです。
 その結果、だんだんだんだん人は寄り付かなくなりました。当然、悪口を言われる嫁が来るわけがありません。嫁が来ないということは、その子供である孫も連れてこないのです。ですから、結局一人ぼっちになってしまいました。だんだんだんだん孤独と寂しさが増した時、ある人のアドバイスによって悟りを開きました。それは、こんな生活をしていたら、きっと寂しく孤独で良いことなんて何もない。だから、あ・り・が・と・うっていう言葉を一日中言いなさい、というこんなご指導を受けたようです。もちろん心の書写も行っています。その上で、ありがとう、ありがとうと言うんだと。それだと思ったこのおばあさんは、もう朝起きたと思ったらありがとう、ありがとう、ありがとう、食事の前にもありがとう、ありがとう、食事が終わってもありがとう、朝に昼に晩にありがとうと言い続け、そして、寝る前にもありがとう、寝言でもありがとう言い続けました。なにしろやることがあまりありません。そういうわけで、そのありがとうを1日1000回唱えたそうです。
 毎日1000回ありがとう、ありがとうと唱えているうちになんと奇跡は起こりました。ある日、ある時、玄関がガラッと開いて懐かしい孫の声でバーバという声が聞こえたのです。おばあちゃんは感動しました。涙が出てきました。部屋を開けてみると、あの一番末の可愛い孫がバーバ、バーバと言って立っているではありませんか。感動がこみ上げ、そして涙が出てきました。その孫の後ろに、なんとあのにっくき嫁が立っていました。嫁はこう言いました。なぜか急にこの末の子供が、バーバに会いたい、バーバに会いたい、バーバに会いたいと言い出し、そして会えないと言うと泣き出しちゃうんだ。やむを得ず連れてきましたと言いました。その孫がと走り寄って、おばあちゃんの懐に抱かれている姿を見て、嫁も涙が出てきました。おばあちゃんは感動しました。ありがとうという言葉はとっても効果がある。同時に、このおばあちゃん、算数が得意なんです。くるくるくると頭を巡らし、ありがとうを1000回で孫を一人、とすれば、ひょっとすると数学的に見て、必ずそうなるに違いないというわけで、次の日からおばあちゃんは3000回ありがとうを言い続けたのです。ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう詰めに1日がなったとき、計算通り、ガラッと玄関が開いて3人の孫が来たそうです。それ以来、おばあちゃんは3人の孫から囲まれ、さらに嫁とも円満になり、今はとっても幸せとなり、周辺の人からは、ありがとうおばあちゃんと言われているそうです。
 ホップ・ステップ・ジャンプ、良いことがあったらありがとう、当たり前の生活にありがとう、なんとなく幸せでないことにもありがとう、こう言い続けると、このありがとうの言葉の力で、幸せを引き寄せてくるんだこういうことなのでありますが、平和の母、韓鶴子夫人は、ぐっと深い感謝を言われています。生まれたことに深く感謝する。生まれたことに深く感謝する。これが平和の母のメッセージです。もし私たちが平和の母に一歩でも近づくなら、近づこうとするなら、生まれたことに感謝をしなければ近づけません。平和の母という方はどういう人なのか。平和の母という自叙伝を見ると、もう本当に苦難と困難と思い通りにいかないことがたくさんありました。家族的にもお子さんを早く先立たれたり、ご主人がダンベリーという刑務所に無実の罪で入れられたり、先立たれたり、人間的に見れば決して良い事ばかりではありませんでした。
 だけど、この平和な母は生まれたということに感謝したのです。だから全ては感謝です。生まれたことを前提にして、良いこともある、当たり前のこともある、良くないこともある。しかし、生まれたことを感謝できる人には全てが感謝です。ではどうして平和の母はそう言われるのか。それは、今人として生まれて生きているあなたは、神様という天の父母様が全身全霊、あらゆる能力と愛の全てを込めて、この全宇宙にある素材を使いながら、縦の糸と横の糸を天の父母様自ら愛の手で編んで、この世界でたったひとつしかないあなたという存在を造られたからだと言われます。そういう宇宙の聖なる作用によって造られた、歴史にも存在せず、これからも存在せず、今も存在しないたった一人の、唯一無二の、天上天下唯我独尊、あなたという存在は過去にもなく、今もなく、未来もありません。そういう偉大なる個性を天の父母様の愛の全てを投じて造られたあなただから尊い存在なんだと。
 そして、平和の母はこう言われます。個人の人生は個人だけのものではない。誰かを幸せにしたくてあなたをお造りになったんだ。あなたの住んでいる町内、あなたの住んでいる地域、それを幸せにするために、あなたを満身の愛をこめて創造されたんだと。個人の人生は、あなただけのものではないという。夫の人生は妻の為であり、妻の人生は夫のためである。姑の人生は嫁のためである。誰かのために命を与えてくださったのだと。だから、平和な母は私共にしっかりとそして厳しく言われます。絶対に自分という存在を無意味に扱ってはいけない。そして、あなたの住んでいる家の中で、数百万かかるもの、あるいは数千万かかるほどのかけた尊いものがあっても問題じゃないと。一番その家の中で尊いものはあなた自身なんだと。あなた以上に尊いものは家にはないんだったと。それほど価値のある意義のあるものであり、まさしく国宝と呼ばれる日本で唯一のただ一人持っている技術において、真心の限りを尽くし、ただ一つの素材を作って、満身の力を込めて作ったある国宝級の職人のお椀、花瓶があれば、もうそれはお金では変えられないほど尊いので、国の宝、国宝と言います。ではその国宝とあなたとどちらが尊いのか。それはあなたです。皆さんです。皆さん一人一人です。なぜか。天がお造りになった宝があなた自身なんだ。だから天の宝、略すれば天寶なんだと。天の宝であるあなたは、神様からみたら、最高の価値的存在であります。そしてそれは、あなたでなければ幸せになれない人がいるからあなたは生まれてきたのです。
 平和の母は、生まれたことに感謝しちゃだめなんだ。深く感謝しなければだめだと。いろんなことには感謝するでしょう。でも一番深く感謝するのは、生まれたことなんだと。それを頭でそうだなぁと思うのではなく、心で悟ってください、心で感じてください。このために自叙伝の心の書写があります。私どもには煩悩があるので、あーそういうことかと頭ではわかっても、流れて行き、何も変わりません。相変わらず自分ってダメだな、相変わらず自分で意味がない存在だなと思いつづけ、落ち込んでいく、良いことがあったらありがたく思い、嫌なことがあったら落ち込んでいく、書写をしていながら何も変わらない。それは頭で書いたからです。心で悟りなさい。これは平和の母のメッセージなので、頭だけでいくら言葉がわかったところで何にも変わりません。それを魂に刻み込み、心で悟り、そして平和の母がおっしゃるとおりの人間に生まれ変わっていくんだと。ここに自叙伝心の書写の尊い意味があります。是非皆様がこの生まれた事に深く感謝するとこういう言葉を心の中に刻み込みながら、心の底で悟って、素晴らしい人生を歩んでいただくことを切に願いながら、私の講話にしたいと思います。ではどうもありがとうございました。

【 生まれたことを深く感謝する 】
 私たちはみな、自分が生まれたことに対して深く感謝しなければなりません。この世に生を享けた人の中て、無意味に生まれた人はいないのです。また、個人の人生は、その人だけのものではありません。一人の人が生まれる背景には、天と地のあらゆるもの、宇宙万象が縦糸と横糸として編み込まれています。全世界の、さらには全宇宙の気運が調和し、凝縮されているのです。ですから、誰であっても、自分自身を取るに足らないものとして扱ってはなりません。宇宙の聖なる作用によって生まれた貴い存在であることを、心の底から悟るべきなのです。(人類の涙をぬぐう平和の母 P.64)

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