自叙伝「平和の母」出版記念クリスマス・フェスティバル

【自叙伝「平和の母」出版記念クリスマス・フェスティバルのみ言】

天一国八年天暦9月2日(陽暦2020年10月18日(日))

講演タイトル:「 平和の母が流した7つの涙 」
講演者:浅川 勇男 先生
インターネット中継にて「浅川勇男先生をお迎えして自叙伝「平和の母」出版記念クリスマス・フェスティバル」(自叙伝書写会)を開催しました。
講話のPDFは会員ページよりご覧ください。
<浅川勇男 先生の講話>
 皆様こんにちは。ただいま紹介にあずかりました浅川勇男と申します。よろしくお願いいたします。名前を申し上げただけで拍手をいただいたのははじめてでございます。どうもありがとうございます。私は先ほどご紹介がありましたように、文鮮明先生平和を愛する世界人としての文先生の自叙伝、そして、奥様であられる韓鶴子夫人の平和の母、お二人がどちらも世界的な自叙伝を書くという、こういう事例は世界史上そう多くない、あるいは初めてかもしれません。そして、この素晴らしい本の内容を日本の方々にお披露目するために、北海道から九州まで日々毎日このような講演をさせて頂いております。昨日は北海道におりました。北海道で、朝ドラで少し有名になりました帯広という所で講演会を行いました。帯広というところは、雪が一番嫌うところなのです。雪にも心があります。降りたいなあというところと、あそこだけは行きたくない。雪から嫌われる地域。それは寒すぎるということなのです。雪はある程度、暖かくないと、程よい加減でないと降りません。寒すぎると降れないのです。ですから、雪としては立場がないので、あまりにも寒すぎる帯広は、嫌われているようです。
 零下30度、平気で越えます。冷凍庫の中で住んでいるようなときがあります。寒すぎて雪が降らない。雪が降っていないのでいいなあと思うと大間違い。凍えるほどの寒さです。そこで昨日、野外集会をしました。私は、今日は特別集会だと言って主催者がニコニコして言うので、どんな特別集会かと思ったら、野外でやりますと言うのです。夏ならわかります。今度は零下ですよ。零下の中で、野外で集会したのは初めてであります。しかも目の前に氷の柱が立っているじゃないですか。しかし、北海道の人はすごいと思いました。零下がイコール常温。全然気になりません。そういうわけで、触れたのは私だけで、非常に短い時間、せいぜい5分ぐらいで講演を終えました。そういうわけでありますが、すっかり冷え切った状態で、今日八王子に来させて頂き、今日このような暖かい会場で、また皆さんの温かい視線の中で講演をさせていただけることを心から感謝申し上げながら、これから何か2020年、必ず迎えるのは、12月31日です。
 その前に紅白歌合戦がある。この時、皆様の人生、今年どうだったかということは決まると思います。何をやろうと、どう生きようと、どんな人間であろうと、振り返る時、2020年、あなたにとって幸せな時でしたかと。あなたにとって忘れられないほど良い年でしたかと。それとも、記憶から消したい年でしたかと。これは12月31日に決まると思います。そのために、この1年何があろうと、今日から始まる31日までの1日1日は、一年に相当するほど貴重な時だと思います。そのために、本当に良い年だったなと。そう思っていただくために、今日私のお話がそのサポートになれば幸いだと。こんな思いをしながらお話をさせていただきます。
 母親、今日のテーマは母であります。お母さんとはどういう人なのと。母ってなに。これは本当に深い意味があります。私はお母さんとは、二つの文字を持っているのではないか。そう思います。一つは無私の涙。無私というのは、私が無いということです。多くの人は悔し涙を流します。許せないと思って歯ぎしりをしながら涙を流す人もいます。しかし、お母さんの涙は違います。自分が無いと。ただひたむきに子供の幸せのために涙がこみ上げてきます。母とは理論理屈ではなく、情であります。子供であれば、涙が吹き出てくる、抱きしめたくなる、それが母だと思います。自分の無い涙をとめどもなく流す人。それが母ではないか。だから、よく聞く話では、戦場で兵士が最後の命が消える時“お母さん”と言うと言います。その脳裏に浮かんでくるのは、母の顔であります。なぜか。私のために泣いてくれたからです。この意味において、母とは何か自分の無い涙を、愛だけの理由で流せる人。それが母ではないか。これが第一です。
 次の言葉は犠牲であります。犠牲とは、自分のやりたい事を削って、子供のために時間をとる。それを悔しく思わない、後悔しない、時間を削らなければ良かったと思わない人。喜んで犠牲となり、それを宿命として受け入れている人、犠牲になるためになった人、それが母だと私は思います。この観点から私は今日、平和の母と世界中の方から呼ばれるようになり、人類史上初めてであります。平和の母と世界の人から呼ばれるようになった女性。私どもは人類史の中で初めてこの方と出会い、そして、向かい合っています。そこで私は今日、この韓鶴子夫人とはどういう人なのかという点について、涙で整理してみました。今日の講演の題名は、「平和の母が流した7つの涙」です。この方は、7つの涙を流した方ではないかという観点から、今日、韓鶴子夫人、平和の母について、私なりの観点からお話をさせていただき、皆様がこの方を知ってよかった、出会ってよかったという風に思いながら、同時に、この方のようになろう、そんな思いを持って残された12月31日までを過ごす一助になれば幸いであります。
 7つの涙。是非一つ一つの涙を、もし皆さんが筆記用具を持っているならば、控えておいて、そして、何かそれが一助になるようにしてみてくださいませ。そして、皆様は、自分が流した涙はどれほどで、どんな涙だったのか。それが私どもの人生の価値であります。動物はよほどのことがなければ涙は出ません。吠えることはできても、涙は流せません。動物にも雌がいます。では泣きますかと。もちろん鳴き声はするでしょう。人間が人間である証拠は、涙を流すことなんだという観点から第1の涙、子女に対して流した涙。お子様です。お子様に対して涙を流した人、それは母であれば当然でしょうと言うかもしれません。しかし、皆さん、お母さんの年と子供の年とどちらが年齢があるでしょう。お母さんに決まっています。先にお迎えが来て、天に召されるのは、順番と言えば、お母さんの方が先ではないですか。年を取っているんですから、ですから、本来、母親は子供から見送られる。そういう立場です。お母さん、お母さんと言って泣きながら母の最後の目を閉じたところを子供から見送られるという、それが母の立場です。ですから、本来、母とは、子供から泣かれて天に召される、それが母のはずです。しかしながら、平和の母、韓鶴子夫人はそうではありませんでした。この方は最愛の息子さんに先立たれました。14人のお子さんを出産されました。子供が多いということは、それだけ母親の苦労が多くなるということです。その中で一番辛いことは何でしょう。母よりも子供に先立たれることではないでしょうか。出来るなら自分が身代わりになりたい。もしこの子の命に代われるものなら、自分が代わって死にたい。それが母であります。
 韓鶴子夫人は、心の底からお母さんを愛し抜いた長男の方が先立ちました。長男の方が先だって天に召されました。本当にお母さんを愛していた孝子であります。今日、天父報恩鼓がありました。その中心は親孝行です。親を本当に孝行し、寝ても覚めても親のことしか考えない子、それがご長男でした。その長男に先立たれ、見送って泣いたという、この情感を持った人です。次男の方も先立ちました。次男の方は命をかけました。父を守り、母を守るために、まだ20にも満たない尊い自分の命を天に捧げて親を守ったのです。その次男の方を最初にご自分よりも先に天に召されました。全世界の中で、早く子供を失った悲しいお母さん多いのです。その母たちの心の底に秘める子供に対する悲しみと切なさをこの方は分かっている人なんだと。だから、悲しい人を元気づけ、抱きしめることができるのです。韓鶴子夫人は、苦労の底をつきました。涙の底をつきました。世界中の人たちを抱きしめることができるんだと。苦労していない人は、母にはなれないと思います。子供以上に切なさを体験してない限り、子供に力は与えられないのではないか。第1は子女に対する涙を越えた人です。
 第2番目は、夫への涙であります。ご主人、文鮮明先生、最愛の人でした。ご主人の年齢の方が高い、当然理屈から言えば、ご主人の方が先に天に召される。しかし、愛はそれを許しません。愛は年齢の差を越えます。この韓鶴子夫人のご主人に対する様々な文言と御言葉の中で、世界中の妻たちと私とどこが違うのかという点を自叙伝で語られた部分があります。こう書いてあります。それは全世界のいかなる奥さんよりも、夫から大きな愛を受けたのが私なんだとはっきり言われます。これだけの言葉を書いた人は知りません。世界中のいかなる奥様よりも、私は夫から大きな愛を受けましたと。もし奥さんが、この世で最後の言葉を語るとき、あるいはご主人を見送る時、この言葉が出ますかと。世界中で最高にあなたから私は愛されましたと言い切れるのか。それを言い切れる人でした。それくらいお二人は愛し合っていました。お二人は、二人で一人でした。まるで一人が動くが如く、二つの体ではありませんでした。まるで紙の裏と表が切り離せられないように、私は文鮮明先生御夫妻は、紙よりも密度の濃い愛でひとつになっていたのではないか。それが天命によって分かれていく。
 愛別離苦という言葉があります。人間の苦しみの中で、一番切ない苦しみ、それは愛する人との別れである。愛、別とは別れる、離とは離れる、愛別離苦、この四つの熟語は、最高の悲しみを表現しています。別れたくない、あまりにも別れたくない人と別れていく。この情感の悲しさと思いを味わい尽くした方が、韓鶴子夫人という人なのだと。だから、全世界中で愛する人と離別し、別れていく。戦乱で別れ、事故で別れ、多くの別れがあります。その愛し合った方々の別れの切なさをわかっている人なんだと。これが第2であります。
 第3番目の涙。通常、1と2まで、ここまでは普通の奥様の流す涙でしょう。それでも相当深い涙です。3番目からやや違います。家庭連合、それは世界中に幸せな家庭を作るのが目標でありますが、その中心に天の父母なる神様がいらっしゃり、その方が、文先生が説いた幸福の原理があり、心のあり方を説いています。前提は、人間の力だけでは、夫婦円満一つさえできない。子供を産んだからといって、親と子が終生別れないほどのその関係にはなられない。神様という天の父母様が、夫婦と親子の間にしっかり介在し、抱きしめてくれて初めて夫婦はひとつになれる。これが家庭連合の理念です。ですから、天の父母なる神様の実在とその愛が中心軸になっています。皆様の家にどんなに床が広くても、雨と風は防げません。柱がなければ屋根が立たないからです。床だけでは人は住めません。縦軸がしっかりしない限り、人は平凡な生活ができないのは、もう私どもは経験しております。この縦軸が天の父母なる神様に対する信頼であり、信心であり、認識であります。この絶対的な原理を文鮮明先生、韓鶴子夫人は受け付けない国、口が裂けても神様と言わせない国、そういう国家があります。というよりもその思想があります。これは共産主義であります。
 共産主義の根本は、神様は実在しない、これが大前提です。人間の霊魂は存在せず、あの世は存在しない。人間とは何か。物質であり、猿が進化したのである。これは根底的な理念となります。その神なき国に、神様はいるんだよと教える青年たちを派遣しました。これは1970年代、ソ連という帝国が絶頂を極めた時代。70年代。ソ連を中心とし、東ヨーロッパは全部共産主義でした。大帝国を作っていました。神を信じる人間など気が狂っているという人間であり、要は処刑しても何の罪にはならない。事実、そういう迫害があった国へ、文先生、韓鶴子夫人は、今日、天父報恩鼓法で踊ったあのような若い青年達を派遣したのです。誰かが神様がいるということを、神はいないということを主張する国に送らない限り自体は何も変わりません。一粒の麦、種、種まきであります。入って生きて帰れる可能性など一つもありません。そこに送られました。この自叙伝の中に出てくる涙なくしては読めない部分、それがそこです。彼らは純真でした。純粋で文鮮明先生、韓鶴子夫人が天の思いを伝えて、神様を神なき国に伝えるように言われたとき、“はい”と言いました。その先に何があって、その先に死が待っているのに、彼らは拒否せず、純粋に信じて出発しました。
 そして、24歳だったマリア・ジブナという女性が最初に殉教しました。文鮮明先生の自叙伝にも、平和の母にも必ず出てきます。それぐらいお二人にとっては忘れられない女性でした。おそらく永遠に名を残すでしょう。逮捕され、あるいは拷問を受けたのか。冷たい牢獄で24歳のこの方は息絶えました。最初の殉教者です。この報告を聞いた時、文明先生の自叙伝によれば、気を失いそうに力が抜けていったと書いてあります。私の目から見ると、文先生は常に偉大であり、堂々としていて、どんなことがあってもくじけない、強固な壁のような人だと思っていましたが、しかし、自分の命を受けて共産主義に入り、そして、そこで殉教した報告を聞いた時、力を失い、倒れそうになったと書いてあります。その時に、一羽の蝶々が文鮮明先生、韓鶴子夫人の前に飛んできたと書いてあります。そして、黄色い羽をひらひらと御夫妻の前に広げたんだと。御夫妻は、これはマリア・ジブナだと思ったと。蝶々になって、蛹が蝶になるがごとくなり、私どものところに来て、羽を広げて立ち上がれと言っているんだと。こういう箇所があります。
 天命とはいえ、過酷で厳しい状況下に人を送らざるを得ない事情があります。その人の辛さは、それを命じた人はもっと辛い情感があります。そこに責任を取ろうとします。彼らは家族にも黙り、黙って行っております。その命に責任を持つという。その立場で多くの宣教師、伝道師、その切なさや悲しさに泣いた人が文鮮明先生であり、平和の母・韓鶴子夫人なんだと。ですから、私どもがこの八王子にしても、多摩にしても、人に神様の御言葉を伝えようとする、断られる、切なくなる、しかし、その私が切なくなる前に、もう平和の母は泣いているんだと。神なき地域に神様を伝えようとするときの切なさと孤独。もうわかっておられるんだと。このような情感が必要ではないかと思いました。
 第4の涙。それは祖国への涙であります。国家への涙です。多くの場合、自分の子供、家族、そのためには涙が出るでしょう。しかし、日本の国の行く末に考えただけで涙が出ますかと。家族を愛してはいるでしょう。では国を愛していますかと。国家があって、地域があり、家庭であります。しかし、国の行く末や私の家族以外の人で、日本国民で泣いている人がいた時、その人のために、国の未来に泣けますかと。平和の母は、国の母でもありました。国家そのものが、息子であり娘であります。この方の平和の母を読むと本当に切なくなる箇所があります。わずか1行近いのですが、涙が出てきます。故郷に帰りたいです。故郷に帰りたいと。わずか一行ですが書いてあります。故郷はとっても自然の音色が美しいところなのですと。
 今では北朝鮮の統治下にある平安南道安州というところは、実に自然が豊かで、川のせせらぎの音がよく、自然の音色が素晴らしいところなんですと。韓鶴子夫人は、故郷を語り、必ず帰りたいところと書いてあります。皆様、皆様が北海道、九州、色んな所から八王子にお嫁に来ている方もいらっしゃるでしょう。故郷に帰ろうと思えば、帰れるではないですか。新幹線、飛行機、それを使えば日本中どこが故郷でも行けないところはありません。平和の母・韓鶴子夫人は行けないのです。故郷をどれほど慕い、どれほど帰りたくても帰られないのです。そういう事情を知りました。南北が統一される、本当に宿命です。北朝鮮という国家が、共産主義から民主主義に転換し、北と南が同一理念で一つにならない限り、韓鶴子夫人は故郷に帰れません。天命を果たさない限り、故郷に帰られない人が韓鶴子夫人なんだと。
 そして、この方は、戦争は、この地上から永遠に消さなくてはならないと断言しています。平和の母が、絶対に消し去らなくてはいけないこと。戦争です。なぜそう言われるのか。多くの場合、評論家的に観念として、世界平和を説く方はたくさんいます。しかし、本人に戦争の体験があるかと言うと、ない場合があります。平和の母は、戦争の体験者だということを知るべきです。この方が、文字や言語で戦争の悲惨さを語っているのでありません。目の前で見たのです。8歳の時に、一番多感な8歳。見たものは何か。爆破された橋で吹き飛んでいく五体バラバラの人間の体を見ました。道路に横たわる、もう首のない死体、手足が分離した死体、腐乱した死体、全部見ました。戦争の悲惨さを8歳の時に見た人です。そして、一番心を、衝撃を受けたのは、母ちゃん、母ちゃんと言って、もう目を覚まさない母ために泣き叫んで母の体を揺さぶる子供たちの姿でした。父もいない、母もいない、戦争孤児をたくさん見ました。子供に涙を流させてはいけない。父母を失う孤児を絶対に作ってはいけない。それが平和の信念でした。この信念を固めたのが8歳だったのです。このような戦争の悲惨さのために涙した人、それが平和の母でありました。
 そして、第5番目の涙についてお話しします。愛国婦人という方もいらっしゃいます。国を愛して、国のために生きる女性たちもいらっしゃいます。女性の国会議員もいます。国を愛しています。しかし、これからの話は、それを越えていきます。人類に対して流した涙です。人類とはあなたにとって何なのか。言葉なのか、ニュースなのか、消え去っていく文字にすぎないのか、人類とはあなたにとって何なのですかと。韓鶴子夫人はこうおっしゃいます。もしこの地球上のどこかの片隅で泣き叫ぶ子供がいれば、もうあなたは幸せになられないんだと。この地球上のどこかの片隅で飢えて、栄養失調になって、母を叫び求める、飢え死に寸前の子供が一人でもいる限り、あなたはもう幸せになれないんだと。それほど人類は結びついている。地球の片隅の悲しみは、今日生きる私どもの悲しみになっていくんだと。これが韓鶴子夫人の信念です。ですから、人類の解放は、私の解放と繋がっているんだと。それぐらい一つであります。
 かつて私は、ある世界平和を目指す詩人、ポエムをする詩人の詩を読んで、すごく感動しました。彼は本当に短い表現で人類とは何かを語りました。こういうフレーズです。四方の壁から、東西南北ここにも四方の壁があります。その四方の壁から悲しみの声が聞こえる時、もう私一人の幸せはありえない、こう語りました。四方の壁の一角から西の方から切ない涙の声が聞こえる時、もう私の幸せはありえない、という詩を書きました。人類とはつながっているんだと。さて、その中で、平和の母は、この地球人類に何を心配し、心を痛めているのか、お母さんなら誰でも分かります。これは世界平和運動と、言葉ではそうですが、朝昼晩、自分の息子が食事をしているかなと。まともなものを食べているのかなと、それが母の心配です。ですから、韓鶴子夫人にとって一番悲しむのは、飢餓と栄養失調なんだと。
 全人類は8億の人が飢餓寸前の状態です。人類の9人に1人は、飢餓と向き合っています。食べるものがない、飲むものがない、それが9人に1人なんだと。韓鶴子夫人は母として寝られないはずです。なぜなら飢えている子供がいるからです。そして、さらに母は、寒い日にちゃんと着物を着て、温まっているだろうか。さらに、ちゃんと寝ているだろうか。住居の心配をします。衣食住、これは幸福の大きな要因です。母親がいつも心配するのは、食生活医、衣料生活、そして、住居です。難民問題、世界で7000万人いると言われます。しかも、国内の難民ではなく、国から追われて何の身寄りもない、他の国に追われた難民は、2500万人。東京都の倍の人口はいます。彼らには住むところがなく、身を置く場所もありません。これが子供だったら、母は心配する、これが平和の母であります。
 難民問題と、そして飢餓、平和の母の文言の中には、本当に鮮烈な決意が書かれています。難民問題と飢餓問題を私一代で解決する。そうしなければならない。私の生きている間に飢餓をなくし、難民をなくす。こういう決意が書かれています。そして、ここまでは心ある世界平和指導者は、ここまではいくかもしれません。しかし、その先は無理だと思います。これからの話は、平和の母・韓鶴子夫人の皆様を見つめる目と人間を見つめる目が全然違うからです。衣食住の切なさや悲しさは、肉眼で見えます。それを心配するのは普通の母でさえこれは心配します。しかし、平和の母は、もっと深刻な悲しみと切なさを健康な人に対して見つめています。衣食住が豊かで、夫婦がそれなりに円満で、子供が学校に行き、就職もしている、何の問題もない、全く健康で普通の人です。その人に涙を流すのが平和の母です。
 かわいそうな健康児。生きているというのは名ばかりで実は死んでいる。悲しい人達なんだと。食べてはいるかもしれない。良い家に住んでいるかもしれない。だけど、本当に悲しい人達なんだと。すべてが満たされたかに見えるその人のために嗚咽し、涙がこみ上げる人、それが平和の母であります。なぜそうするのか、霊魂を見つめているからです。韓鶴子夫人の人生観は肉身だけの生活を見ておりません。そこにある永遠の魂、霊魂、霊性、死んだ後の幸せ、そこまで見つめているのが平和の母です。肉身の人だけではない、この人の霊魂、霊人体、霊性が必ず来る死によって分離して、そして、霊の世界に飛翔した時、永遠に幸せになれるかどうか。この点から平和の母は、私どもを見つめています。現世だけではありません。来世という永遠の世界を見つめて、永遠の幸せな世界に導いてあげたいんだという観点で母なっている方が、平和の母がなんだと。この観点からいくと、根本的な因縁、人は生まれながらに背負っている限り、お迎えが来た時、永遠の幸せな国、極楽浄土、天国には絶対にいけません。それを分かっておられるので、永遠の霊性の幸せのために人類を導こうとされています。
 そして、いよいよ第6番目の涙。私は平和の母を読んだ時、もうこの方は本当に母だと思いました。先ほど話の続きからいけば、見える肉体に対して、母としてひもじいのではないか、寒さに震えていないのか、母は心配します。それは肉身への心配です。しかし、平和の母にとって人類というのは、今生きている70億を越えるかどうかの生きた人達だけを人類とは言っておりません。先祖を含めます。皆さんの他界したおじいちゃん、おばあちゃん、その前のおじいちゃん、おばあちゃん、霊となり、先祖となっています。その人たちは、地上でどんなに苦しい時は人の関心にもよりますが、人が死ねば四十九日、忘れられる。そして、もう名前さえ覚えられておりません。その方々は、霧のように消えて、風のように亡くなったのか。
 平和の母はそう考えてはいません。今生きているんだと。喜びも、悲しみも、切なさを持って、感情もあり、喜びもあれば、悲しみもある、今生きている。この人類は数え切られないほど霊となっているんだと。その方々を幸せにしてあげる。もし恨みを持っているなら、恨みを解いてあげる。悲しみに浸っているなら、喜びに変えてあげる。霊魂の幸せと霊魂の喜び、解怨という恨みを解くという、それを母として考えている方が平和の母という人です。この平和の母は、霊魂も含めたこの地上で人間として生まれた数年前に生まれた一人にすら、母としての責任を持とうとしている人です。そして、皆様の先祖とこの八王子、多摩地区で生きて亡くなって、そして、来世で今も生きている方々、彼らのお母さんです。解怨しようとされています。そういう方であるということを知りました。
 最後に第7番目です。マザーテレサさん。おそらく現代史の中で最も有名で、ために生きた人とされる人です。インドのカルカッタで、ゴミ捨てに捨てられていた子供を拾い上げました。その子にはまだ息がありました。その子を抱きしめ、食事を与え、そして、愛を注ぎました。この子はやがて息絶えていきますが、それでもテレサさんは、母の愛を伝えたかったのです。それを肌で感じさせたいと感じたのです。この方は聖女と呼ばれるようになりました。ナイチンゲール。この方がいなければ赤十字はないでしょう。敵も味方もない、傷ついた人に。それを抱きしめながら介護していく。まさに天使でありました。これらの素晴らしい女性、この方々が既にその心を注いだのは、生きた人たちでありました。しかし、そのために神様に祈りました。どうかこの子を救ってあげてください。どうかこの負傷者を、病を治してください。そう言って、神様に祈り、神様の愛を降り注ぎ、その力を持って道を開いた方々だったと思います。
 では皆さん、助けを求められた神様は幸せな人なのでしょうか。応援してくださいと頼まれた神様は、心が豊かな人なのでしょうか。神様って感情もなく、全てをしてあげるパワーだけがあって、悲しいも切なさもないのでしょうか。頼まれたらなんでもしてあげる、万能の人なのでしょうか。そうではありませんでした。私が最後にお話しさせていただく内容は、平和の母の根本が違うんだと。この方は、神様の涙を知った人です。そこが違うんだと。人類を幸せにしようとした人はたくさんいます。そのために、人間の力では無理だと思ったので、神様に祈った人はたくさんいます。では祈られる神様は、幸せだったのか。泣いたことがないのか。韓鶴子夫人が出会った神様はかわいそうな人でした。孤児とは親を失い、ひとりぼっちで身寄りのない人を孤児と言います。天の父母なる神様は、孤児の中の孤児です。身寄りがないのです。神様はひとりぼっちでした。絶対孤独の中に神様はひとりでした。人間にはどんなに寂しくても、メールやあるいは会話で多少慰めるでしょう。神様には誰もおりません。ひとりぼっちです。ですから、この方以上に孤独を味わった人はいないと思います。その寂しさを知りました。
 そして、難民という人は、住む場所を失い、住む居所を失い、芽を抜かれた草でありました。では神様に居所はあるんですかと。神様に居場所があるんですかと。神様には住む場所があるんですかと。ありませんでした。ですから、難民の中の難民が、天の父母なる神様だったんです。飢餓状態で飢える人は多い。では神様は飢えていないのか。愛に飢えています。愛されたことがなかったのかもしれません。ですから、神様という方は、本当に寂しく、孤独で、切ない人だったんだと。ですから、この平和の母と通常の人類愛の女性指導者と根本が違うといえば、ここであります。韓鶴子夫人は、人類の悲しみは痛いほど分かります。それを見つめる天の父母なる神様の滂沱の涙を感じる人なのです。
 自叙伝にはこう書いてあります。私は生まれながらにして神様と会話をすることができました。一問一答、そして、神様の切なさを感じることができたのです。なぜなら、私は神様がお生みになった独り娘だからだと書いてあります。神様が生んだ独り娘は、情でつながれているので、お父さん、お母さんの悲しみを感じ取ることができるんだと。だから、平和の母は、神様を解放してあげたい、神様の涙を拭い、神様の情を喜びに導くために、この地球上から最後の一人を救っていく。一人でも飢えた人、一人でも悲しむ人、一人でも切ない人がいれば、神様はその一人の為に心は晴れないんだと。だから、全人類の中で、霊界にいる全霊人をすべて幸せにして初めて天の父母なる神様は、笑顔が呼び戻ってくる。だからこそ、この天の父母様のために休むわけにはいかないんだと。口の中がただれる、足がむくむ、立っていられない、それでも私は神様となした約束は絶対守るんだと。中断なき前進をなし、止まることはできない。
 韓鶴子夫人は言います。神様の願いを成就する。神様の理想を達成する。神様の悲しみを解放する。そのために、世界平和を実現するのですと。こうおしゃっています。このような観点で平和と向かい、人類に向かう人は、全人類史上初めて登場しました。その方と私どもは現世において出会い、生きて出会っています。このような観点からこの7つの涙を流した平和の母・韓鶴子夫人の尊さを実感しながら、私どもも一歩二歩と近づいていけるように、是非皆様が今日のメッセージと内容が、残された数日間の人生の、2020年の最後の締めのためになり、本当に振り返れば2020年は愛だったと心から言えることを祈願いたしまして私の講話にしたいと思います。ではどうもありがとうございました。

 

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