天一国月曜礼拝のみ言(陽暦2020年4月27日)

【 礼拝のみ言 】

天一国八年天暦4月5日(陽暦2020年4月27日)

説教タイトル:「 天の心情を掴む指導者になるよう祈祷しよう 」
説教者:鄭東洙 教区長
 おはようございます。全国的にまだコロナウィルスの問題により、毎回インターネット礼拝をするようになりますけれど、私たちも新たな心情を整えて再出発する時間になればいいかなと思います。御父母様におかれましては、どの時よりも真剣な時であるし、世界が困難なこういう状況の中で、何よりも御父母様が精誠を捧げておられるこの時であります。私たちは平和の時代に生きていきながら、コロナウィルスで世界の死亡者が20万を越える新しい形態の戦争時代であるこの時に生きている私たちであります。政治あるいは経済、社会、文化、宗教に至るまで、パンデミックによる世界が困難な状況の中に陥っている今のこの時であります。
 皆様が現在のニュースを見ると、毎日コロナウィルスの内容が取り上げられている、これをよく見ておられる皆様だと思います。毎回、コロナウィルスの感染者と死亡者、あるいは世界の今の経済状況を皆様がニュースを通してよく見られる今のこの時であります。私が最近見ているアメリカのニュースも非常にですね、アメリカはこのコロナの闘いでありながらも、経済との闘いで非常に苦しんでいる状況であります。今アメリカの政府のテキサス州で油の値段がですね、マイナス37ドルですね、それぐらいの油の値段になりました。お金をあげるから持っていきなさい。こういう油がマイナスまでなっているということは、人類史上初めてであるんですね。このガソリンがお金をあげるから持って行きなさいというくらいの状況になっている今の時であります。石油は続けて出るから、石油を保存しているタンクの容量があるから、石油はずっと続けて出ているのに、これを処理しなければ、保存するところがないから困っている状況であります。マイナスになりながら、早く処分していきたいということが現在の状況であります。
 現在のコロナウィルスの終息が見えない中で、中国の北京で、陽性反応した人が沢山現れて、ハイリスクになっている地域で、中国が宣布し、さらに、北朝鮮の近くのハルピンも問題になっている状況であります。収まっている段階でありながらも、まだ陽性反応が出て、より緊迫な情勢になっている、こういう内容をみると、これが今収束段階に入っているか入ってないのかもわからないまま、今コロナのこの事態が、非常に大きな問題になっている状況であります。北朝鮮をみると、26日の産経新聞見るとですね、北朝鮮で新型コロナウィルスで亡くなった人たちが、267名。その中で、多くの人たちがですね、まだ不明の人たちもいるわけであります。北朝鮮の場合は、5万名ぐらいコロナウィルスにかかっていると、脱北者の団体が発表して、産経新聞の一面に掲載していることもありました。特に北朝鮮の場合は、医療施設の貧弱なそういう国であるので、集団生活の北朝鮮の社会が、耐えていけるかどうかも分からない深刻な状況であります。
 世界的な科学者ジャーナル誌のサイエンスという学術雑誌があります。ヨーロッパで新型コロナが危機の状況で、いろんなですね、内容を明らかにしていきながら、今コロナウィルスに対応しているシステムのモデルという国をですね、韓国として報道されました。都市全体を封鎖する、排他主義的な強制的に情報を隠蔽しながら扱っている中国と違った、いろんなデータも隠して、中国が本当に明らかにしている内容かわからない状況の中で、民主主義社会において、韓国の成功の要因を細かく分析していきました。韓国の陽性判定する人々が、2月末から3月初めにもの凄いですね、莫大に増えていきました。陽性反応者が今はですね、1月20日から13名と21日9名、これを毎日1桁に、この数字が減っていきまして、もの凄い急速に落ちている状況であります。
 そのサイエンスという雑誌におきましては、この様な3つの観点で韓国を称賛した内容であります。1つが陽性反応している人たちの隔離とその人たちと接触した人を集積して、システムを構築したということであります。警察庁、金融協会と3つの通信社、22個の信用カード会社が一つになって、監視カメラと信用カードの使われた履歴、自動車と携帯電話のGPSの記録を利用して、陽性反応者の動きを10分以内に全部把握できる、そういうシステムを構築したということであります。さらに、隔離するように命令を受けた人たちが、隔離されて動いたらいけないと言いながらも、なかなか言うことを聞かないから、それで、強制的に隔離状態にいる人たちが外出した時に、その人たちの携帯に強制的に設置するアプリがありまして、それを発信する、その人が携帯を持って外に出ると分かるようになるシステムを構築していたんですね。これが一つのモデルとしてあげた内容であります。
 2番目としては、2ヶ月ぶりに診断キットを1日10万個ぐらい生産して、今は17カ国に輸出するくらいもの凄い診断キットを韓国は60万人ぐらい検査を終えたんですね。昨日のデータを見ると、日本は12万人ぐらいの検査でありましたけれども、それで、10分以内で結果が出るドライブスルーのこういうシステムを構築したんですね。それで、ドライブスルーでできる診療の場所を50箇所設置したんですね。それとドライブスルーの場所だけでなく、別に他のところで自分が感染しているかどうかを選別できる診療の場所を600箇所確保したんですね。ですから、できるだけ早く陽性反応者を最大に早く探して、一般病院が麻痺しないように、こういうことを塞いでいたという内容でありました。これが非常に有効なシステムとして、韓国は構築したということであります。
 3番目としては、すでに2015年、MARSの事態を経験していきながら、ウィルスの陽性反応者の携帯電話と信用カードの様々なデータをですね、全部集める権限を政府が持っていけるように、国民の色んな意見を収集してきながら、それを加工していきました。ですから、感染者の経路を確認できる、そういうシステムも政府が一気に全部情報公開してやれるようになったわけであります。
 このような状態の中で、韓国は一桁の段階に収まっている段階におきまして、世界が日本に非常に注目している中で、日本はまだまだ困難の中で、私たちは今のこの状態においてどのように私たちが考え、どのように行動し、どのように私たちは信仰的に取っていかないといけないかということを考えるべき重要な時であります。
 今世界は困難な時であるし、私たちはこの困難なこういう時に、国と民族のためにどの時より祈祷する重要な時であります。希望がない世界、愛が足りない、不足な世界、この世界を変えるために私たちは純粋な心で変えていかなければなりません。子供のような純粋な心で私たちが帰っていかなくてはならない私たちであります。純粋な心という事は、お父様は神様の心情世界だと言いました。お父様は神様の心情世界を掴んでおられるお父様でありました。神様に恋しがる方、それが真のお父様の心情の世界、真のお父様、御父母様、そういう方でおられたんです。真のお母様の自叙伝が出ていまして、皆様、一生懸命真のお母様の自叙伝を訓読しておられると思います。自叙伝の中を、お父様の「平和を愛する世界人として」というお父様の自叙伝は何度も何度も読んでいたので分かると思います。
 序文を見ると、4月に春の雨が降る時にですね、気温が上がってくると地面からは、熱が暖かいので熱が上がってくる時、草から出てくる香りがありますね。この香りが出てくるんです。その時の山や川を見る時に、芽生えてくる草、花、木、そういう姿を見ながら、神様の考えに没頭して涙が込み上がってくるお父様であったと、序文の中に書かれている内容であります。その時に、喉が詰まって、涙が出る、お父様のその心情の世界、私はこの序文を読みながら、お父様はいつも自然を見て感激しておられるお父様、いつもお父様の心情の世界は神様の心情を恋しがるというお父様のその心の世界は、いつも真のお父様のそういう尊い心情の世界を私たちが考えると本当に感激と涙のお父様であるということを、非常に見つけることができます。
 いつかお父様が、秋の紅葉がはやる時に、ヘリコプターで、麗水から38度線まで訪問した時がありました。韓国の秋の山の美しい自然を見ながら、お父様はこう仰ったんですね。この美しい山を見られながら、神様の愛の結果物であると言われました。神の愛の結果物。愛で創っておられたので、この自然がこんなにも美しいと言われました。皆様がよく考えてみると、私の子供だから可愛いと思うじゃないですか。自分の愛が投入されたので可愛いですね。自分の愛が投入されたぐらい可愛いということであります。
自分が産んだ子供は可愛いし、本当に愛がこもっているということであります。我々が自然を見る時に、美しいと言うくらいですね。花を見たとしても、美しいと言うことで終わりますけれども、お父様は、自然を見る時に、神様の愛に酔ってしまうというお父様。なぜかと言うと、神様の心情に一致しておられるからであります。よろしいでしょうか。神様の心情に一致しているので、お父様は自然を見るたびに、それはいつも可愛い、愛が本当に投入されているとお父様は感じるわけであります。神様はこれを創るためにどれぐらい苦労したか、だからお父様は泣きたいし、我慢できないで、喉が詰まっておられるお父様でありました。
 皆様、そんな心を感じたことがあったんでしょうか。神様の摂理を従っていきながら、泣きたいという時があったんでしょうか。喉が詰まる時、そういう時があったんでしょうか。神様の心情と一致すれば、そうなるということであります。神様の心情と一致していくと、何か見ると、何かやろうとすると、何か私たちがすべてをやることにおいて、そのようになっていくということであります。それぐらい、お父様は、神様の愛に、心情的に一致しているお父様のそういうことを通して、私たちもそうして欲しいということであります。
 アブラハムからイエス様まで42代にわたってイエス様が生まれるまで、より天の前に近づいている人、天の前に近づいている人を通してイエス様が生まれたんですね。天の前に近づいている人のマリアの体を通してイエス様を誕生させました。神様の心情と直通することができるイエス様をマリアを通じてイエス様が生まれたわけであります。神様は、人を立てる時に、その人の心情を見ながら役事して来られました。神様は人を立てるためにその人がどういう心情を持っているかによって役事してきたわけであります。私が疑問を持って、イエス様を見る時に、イエス様の生まれた時の周りの女性たちの中で、なぜイエス様はマリアを通して産むようになっていたのか、なぜマリアを選択していたのかということであったんですね。
 私がこれを本当に調べてみたら、お父様の御言葉の中にこういうことがあったわけであります。祭司長の中でも非常に優れている女性が結構いるじゃないですか。祭司長の奥様の中でも、尊い人がたくさんいると思いますけれども、祭司長の中の奥さん以外にマリアを選んでいったのか、お父様の御言葉の中にその内容が出ておられた、そういうところがあったんですね。メシヤを送る時に、メシヤを待っている、本当に恋しがる人が、その女性の中でマリアが一番適切なそういう女性であったということがお父様の記録の中にあったんですね。マリアが一番、メシヤを待ち望んでいる女性であったということ。ですから、どういう意味かと言えば、神様の相対基準に一番ふさわしい人であったということであります。神様は相対基準に合う人を選ぶじゃないですか。
ですから、マリアは、神様の相対基準、その心情基準に一番ふさわしくあったマリアでありました。ですから、マリアを通してイエス様が誕生するようになって、そう言う内容を私がもっと深く調べてみると、聖書の外伝に出てくる内容の中に、この外伝は聖書の中で除外されている文章であるんですね、聖書の中に入れてない文章があるんです。その中にマリアに対するいろんな内容が出ているんですね。マリアがダビデの後孫であり、祭司長の家庭であるんですね。マリアのお父さん、お母さんが結婚したんですけれども、長い間、子供を産むことができなかったんです。イスラエルの人々は子供を産めなければ、神様が呪っていたと考えていきました。結婚して長い間、結婚生活をしていたんですけれども、子供が出来なかったマリアの両親だったんですね。
マリアのお父さん、お母さんが天から呪いを受けたと考えて、それで、お父さんが、あなたは自分の実家に帰りなさいと言って、自分は修道院に入って行くと言われて、それで、二人が分かれてきました。それで、お父さんは修道院に入って40日断食をしている間に、天から声が聞こえたんですね。天から声が聞こえて、一緒に暮らしなさい、それで、マリアのお母さんも同じ啓示が降りたんです。一緒に暮らしなさい、と同じようにお父さん、お母さんが啓示を受けたんです。その意味はどういう意味ですか。必ず子供を与えてくださるという啓示だったんですね。それで、マリアの両親が出会って、お互いに話しながら、我々に子供をくださろうとする神様の声があったので、それで、二人が話しているんです。子供が生まれたらエルサレム聖殿に捧げようと、こういう風に二人が約束するんですね。そのように決定してから、二人が過ごす中で、子供が出来たわけであります。
子供が生まれて、それで、見ると、マリアであったんですね。マリアの意味は、高き人という意味であります。マリアが生まれてから5歳までエルサレムの聖殿に行くまでに、5歳まで本当に尊く親が育てていたんですね。それで、エルサレム聖殿の祭司長に捧げていきながら、マリアはそこで清めた少女として、至聖所の中で働く、そういうマリアになっていきます。5歳までに本当に清めて育て、さらに、聖殿で育てていきながら、どれくらい純粋にマリアは成長したんでしょうか。ですから、お父様の御言葉の中で、マリアは小さい頃から純粋な心情で天を迎えないといけない、メシヤが来ないといけない、そういう心が心の中に芽生えていたということなんですね。心の中に芽生えていたマリアのそういう心情の姿勢が、マリアを通してメシヤを送るしかなかった天の摂理があったわけであります。
メシヤを送る時に、メシヤを恋しがる、メシヤを懐かしく思われる、そういう心情を基準に、マリアが一番純粋であったし、一番高い心情の基準であって、それで、マリアの体を通してイエス様を送ることができたわけであります。ですから、この純粋な心を持つ人を探すまで、天はどれぐらい苦労しておられたんでしょうか。神様は後ろで、とてつもない計画の中で、人をそのように探していたのです。純粋な心を持っている人、神に対する深い心情を持っているそういう人を天は探しておられたわけであります。
 お母様の自叙伝で、皆様が最近よく読んでおられる中で、お母様の自叙伝を見ると、お母様の小さい頃の大母様ですね、お母様のお母さんですね、大母様が、いつもお母様を見る度に、そういう風に育てられたんですね。お母様を見ると、主の尊い姫様、神様の娘、主の姫様、主の娘という風に、こうように育てられたですね。皆様がそういう部分をよく見ている部分があると思います。尊い主の娘、神様の娘のように育てられたお母様、ですから、神様という単語を浮かぶことだけでも心の中に暖かく伝わってくるお母様の心情だったという意味ですね。神様、小さい頃からそのように育てられたので、心の中に芽生えていたその心情が、神様という単語を聞くだけで、心が温かくなる。
 皆様どうですか、神様という話を聞いたらどうですか。そういう心が伝わってくるんですか。どのような心ですか。神様と言っても何の反応もない、心が閉ざしているという心なんですか。どういうことなんでしょうか。隣に座っている人にちょっと聞いてみてください。私はカメラに向かって話すしかないんですけれども、皆様どうですか。小さい頃から純粋な心情で育てられたお母様。天に対する懐かしい、恋しがる心が、お父様に出会う役事をするようになったんですね。小さい頃から、そのような心情が、真のお父様に出会う、役事なっていたわけであります。ですから神様がそのように役事したんですね。芽生えている心に、心情になっている、そういう人に天が伴うということであります。
 私が韓国にいる時に韓国の食口の先輩がおられるんですね。一生懸命、日曜日になると、欠かさずに礼拝に参加し、祈祷会も参加し、熱心に頑張っている食口でありますけれども、6.25のその経験をした食口でありますので、相当長いですね、真のお父様についてきたそういう人であります。6.25の時に結婚したので、夫が警察官だったので、6.25の戦争の時に、若い男性だったらみんな戦争に出ないといけないので、それで6.25の時に、韓国戦争の時、戦争に出て夫が亡くなったんですね。夫が亡くなって、国から亡くなったという通知が来てですね、その通知を見た瞬間に、この食口は、私自分自身が夫を殺したと、こういう心が湧いてきたそうであります。自分が殺してしまった、夫を。夫が戦争に出て、毎日毎日、自分は精誠を捧げていたのに、夫が死んでしまい、それで、その食口は、自分の精誠が足りなくて夫が戦争で死んでしまったという心が湧いてきたということであります。
ですから、それに対する本当に悔い改めて、毎日毎日そういうことですね、悔い改めの生活をしていた食口であったんですね。人々は、夫が亡くなると、どのような行動をとるんですか。100名の中で、99名はこのように考えるのではないですか。神様の前に一生懸命精誠を捧げていたのに、なぜ私の夫を本当に守ってくれないで、こんな形で夫を殺してしまったのかと多くの人たちが考えるのではないでしょうか。精誠を捧げているのに夫が死んでしまい、ですから、みんなが恨んでいるところがあるわけであります。しかし、この夫人は、自分が殺してしまった、夫を考えれば考える程、自分は罪人であるということを考えていたわけであります。
それで、子供ですね、大きくさせていくと、自分は全てを諦めて、それで、お寺に行って、一生生活、罪人のように生活しようとしてお寺に丸坊主、髪を切って、丸坊主にして、お寺に行こうとしたんです。その時に、心の底から声が来たわけでありますね。天の声が。それは誰か、お釈迦様なのかどうかと、本人がいろいろ確認すると神様の声だったそうであります。神様が待ちなさいと、神様が私がいるよと言われたそうであります。
それで、この人がある日からですね、神の声を聞いて、その声が、本当に親のように温かい心が伝わってきて、ある時には、自分の夫の声のように、ある時には、本当に自分の親の心のように伝わってきた、そういうことがあったそうであります。それで、それ以降から、この人が統一教会に入ってきたわけであります。最初から統一教会に入ったのではなく、このように神の声を聞いて、教会に入ってくるようになったんですね。このような心情を通過して、神様の心情を感じた時に、真の御父母様に出会ったそういう人であるんです。
しかし、ある人たちは、こういうことがあると、どうですか。夫が亡くなり、家庭にいろんな問題があり、色んなことがあったら、どのように多くの人たちは考えると思いますか。ある人の場合、二人の息子がですね、亡くなって、さらに、いろんな家庭の問題があって、全てを失ってしまって、教会は一生懸命通ったのに、生活が完全に変わっていたという人がいたんですね。神様がおられるんだったら、教会にこんなに一生懸命通うのに、子供を二人を失い、家庭が大変になり、いろんな問題が起きる。教会に一生懸命通ったのにも関わらず、このようになってしまったということは、必ず神様はいないということで、心の中に確信をもって、教会から離れる、そういう人もいるわけであります。
 このような状況の中でも、ある人の場合は、もっともっと自分が問題だと思って、一生懸命精誠を捧げる人もいる反面、ある人の場合は、神様を恨みながら、自分の人生の中に、これが間違っていると考える人もいるんです。このように、同じことがあったとしても、ある人はこういう風に、ある人はこのように変わるということ、これが非常に私たちにとっては、もう一度自分自身をチェックする必要があると思います。
 今この様な時期におきまして、天の心情と誓う人々にならなければなりません。厳しいこういう状況の中で、私たちが何を考えないといけないか。神の心情に近づく食口、神の心情に本当に私たちがよりいっそう、本当に真の御父母様の心情圏に入っていかないといけない私たちであります。そうするならば、天の父母様、神様が役事してくださる今のこの時であります。この危機は、我々がその心情を持っていた時に、天が役事していくと私たちは思わないといけないですね。そのような心情を持っていくと、神様が役事している今のこの時であります。ですから、より精誠を捧げ、懇切な心で我々が歩まないといけない今の時であります。
 韓国のある会社の社長さんがいるんですね。彼は1990年、病院の隣に病院をもう一つ建てるというところで、建築関係で仕事の途中に工事現場で木材が落ちてですね、それで、その木材にあたって、隣に鉄の出ているところに倒れたんですね。倒れてそれで、彼がこの鉄に刺さって、救急車に運ばれて、病院で6時間30分ぐらい手術することになったんですね。体が鉄筋に刺されて、腸が3箇所ぐらい破裂して、手術は難しいという状況であったんですね。死を目の前にして、絶望の彼は、急に祈祷するのに、神様が自分を生かせてくださるという思いが出たそうであります。
神様が自分自身を生かしてくださるという思いが、心の底から出たんですね。教区長が最近、皆様に話している内容の中で、思いが出てくる、自分も知らずに心の底から思いが出てくる、確信が出てくる、こういう信仰。神様がおられるじゃないかという風に考えるじゃなくて、心の底から神様がおられるという風に心の底からですね、出てくる。意味が分かりますか。心の底から確信が出てくる、そういう確信。奇跡が起きるんじゃないかという風なこういう考えじゃなくて、奇跡は起きるんだという風な考え方ですね。自動的に出てくるそういう考え方。思いが出てくる、そこから出てくるということは、天が働いているということであります。
ですから、彼は、神様が自分自身を生かしてくださるという思いが自動的に出てきたので、彼は奇跡的に生きたんですね。それで、手術が難しい中でも回復されて、彼が礼拝に出てくるために奇跡を体験するんですね。いつも涙が出てくる感謝の思いが出てくるし、いつも天に対する深い情の世界に溢れて、み言を聞く度に涙を出し、涙が出てくる、み言を読む度に涙が出てくる、そういう感謝の生活が、彼の中にいつも日々の中にあったわけであります。皆様、そういう経験があったことがあるんでしょうか。
 礼拝を捧げる時に、さらに、御言葉を訓読する時に、皆様の心の底から出てくる心の熱い想い、涙の心情、何か私たちがそういう風な中に、そのような思いが出てくる経験がある時からなくなってしまったんでしょうか。それで、彼は礼拝が終わる度に、いつも教会の掃除をするんですね。教会を掃除して、教会をいつも人たちが見ないところ、汚いところ、いつも率先して掃除しながら、人が見ても見なくても全てを片付けていく、そういう彼であったんですね。神の心情を体験して、神様の愛を一番感じた人でありますので、神様の愛を感じたので、自分も天の前に返さないといけないという思いが出たわけであります。
ですから、人が見なくても、本人が一生懸命歩んでいきながら、人々たちに、さらに、今週出て来てない人たちに週報を配っていきながら、伝道活動もしているんです。何ヶ月間出ていない食口たちに、会いながら声を掛けたり、こうようにしながら活動しているわけであります。私はこの人の人生を調べてみると、神様が役事しなければならないように、その人の人生を生きているんですね。彼は神様が役事するしかないぐらいの人生を生きているんですね。そのような人生を生きているから、やっぱりその人のですね、歩みの中に奇跡が起きるわけであります。神の心情の中に生きているから、神様が役事しているということであります。
 ある日、教会献堂、教会建築するのにお金がないから、彼が借金をして1千万円献金をしたんですね。教会献堂のために、建築のために、お金を借りてでも献金する人、それぐらい大きな金額で献金を借りてやったので、周辺の家族たちからは、どのように言われたんでしょうか。狂っていると、非難を浴びていきました。借金までして献金する人だと。ですから、献金する精神を見ると、異常な人だという扱いをされたんですね。彼は祈祷する度に、いつも天にこういう祈祷をしているんですよ。神様、私が今何をすべきか教えてください。今この瞬間、今この瞬間に私が何をすべきか教えてください。私が今何をしたらいいでしょうか。
いつも彼の祈祷のテーマがそれだったんですね。いつもそのような祈祷をしながら彼は歩んでいきました。そうする度に、天が彼を通して役事するんですね。尊い何かが、いつも知恵を与えてくださいました。彼の中に知恵を与える。妻が一人の娘を産んでから、頭のてっぺんに髪が脱毛しているみたいですね。円形脱毛症を生じているみたいです。この病気になって、本人がこのように歩んでいきながら、神様に何をしたらいいでしょうかとお伺いすると、こう教えてくださいました。
黒豆、黒胡麻などの黒色の野菜とかいろんなものを混ぜて作ったみたいですね。それを6ヶ月の間にずっと食べたら髪が生えてきたそうであります。ですから、神様が脱毛症治療製品を作るようにという啓示が降りたみたいです。それで、6ヶ月間、妻がこの薬を飲んでから脱毛症の症状が治ったということで、製品を作って、韓国と日本、アメリカに特許をとっているんですね。神様の事情の中で、神様の心情の中で、皆様が生きていると、この様に役事が起きるということを私たちが覚えていかないといけないんです。
 食口の皆様、昨日も私が話したように、愛する人を見ると、お金を使いたいじゃないですか。愛する人のためにお金を使った経験が皆さんあるじゃないですか。あるんですか、ないんですか。反応がないみたいですね。愛する人のためにお金を使った経験が皆あると思います。そのお金がもったいないと思われたんでしょうか。その様に思われたんだったら、本当にその人は愛していないということであります。愛したという経験がないんですね。愛するということは、すべてのことを投入する本能があります。愛するという人がいると、自分が持っているもの全てを投入する本能が人間の中にあるんです。
なぜかと言うと、神様がそういう風に人間を創ったから、神様はそういう方であります。神様は、人間を創る時に、98%ぐらいは投入して、2パーセントは残してとしてないんですよ。神様の愛は、100%投入して人間を創造したんですよ。1%も残さないで。人間を創造した時に。だから我々が愛を投入するということは、100パーセントなんですよ。愛する人がいると人間は投入するようになっているんですね。愛する人のために時間も投入します、考えも投入します、お金も投入します、自分の存在も投入していきます。自分自体を、全てを投入していきます。投入できないということは、私たちが本当に愛してないという証拠であります。
皆様が、人を愛すると、言葉では言っているんですけれども、しかし、皆様が投入してないということは愛ではないんですね。皆様、み旨のために一生懸命投入すると思ったら、愛していると思ったら、投入する様になっているんですよ。世界が困っている、いろんなことが困っているとういうことは、愛が足りないからであります。愛が問題であるから今こういう問題なっているかもしれない。
 今日、私たちが訓読したお母様の自叙伝の中でもダンベリー精神を紹介していました。すべてのことを奪われたとしても、失ったとしても、天の御旨に従って犠牲し、許しながら、もっと大きな価値のために生きること、これがダンベリー精神であります。今、私たちがどの時よりも投入すべきであります。何故なんですか。私たちは愛の人でありますから。愛の人でありますので、より投入していかないといけない。投入していかないといけない今のこの時であります。今私たちはどの時より、このような人生の生き方を持って、国を見ないといけないんです。
 愛する食口の皆様、お母様は最近テレビを何台も置いて、世界のニュースを見ておられるんです。ヨーロッパのニュース、日本のニュース、アジアのニュース、韓国のニュースを毎日見ておられるんですよ。ニュースを見ながら、心配しておられます。トップニュースのほとんどがコロナウィルスです。各国のコロナウィルスの状況が出ているんですよ。その中で、他の国は段々と落ち着いているんですけれども、日本の国が落ち着かないとお母様は心配して電話もかけてくださる。一番日本が心配をかけている国になりました。
 真の御父母様の心には摂理国家である日本が立ち上がって、世界を救わないといけない日本の国でありながらも、一番今大変に陥っている日本の国。お母様の心はどんな心であるでしょうか。全ての国々が立ち上がって、試練に向かい合って、闘っている中で、日本がより元気で世界を救わないといけない摂理国家でありますよ。ですから、私たち食口はこの時に、国がこういう状況であったとしても、私たちが元気で、力強く立ち上がって向かわないといけない今のこの時であります。今はどの時よりも、私たちが立ち上がってみ旨に前進していかないといけない今のこの時であります。
 神の心情に近づいた人たちが、そのような考えを持って動かないといけない今のこの時、神の心情に近づいている人たちが、こういうことを考えないといけないんです。神の心情に近づいている人がやはりこんな心情を持つようになるわけであります。ですから、この一週間、我々はこの国のために、さらに、世界のために精誠を捧げ、前に向いて頑張っていかないといけない私たちであります。我々、食口がこのような祈祷をするならば、神の心情に近づき、神の心情と一つになって精誠を捧げていくならば、私はこの一週間でも天が準備された奇跡を私たちに起こしていくと思います。
 この一週間、全食口たちが5月が来るじゃないですか、5月が目の前に来ているんです。本当に5月といえば、天の摂理において、春のような、芽生えてくる、新しい時代を迎える安着宣布以来、春を迎える月であります。この一週間、全て我々の精誠にかかっているこの一週間であります。この一週間、食口たちが精誠を束ね、天の奇跡が伴う、天が役事していく、その土台を作るこの一週間になっていけるように頑張って参りましょう。お祈りいたします 。

 

<祝 祷>
 天の父母様、天地人真の御父母様、天暦4月5日の尊い月曜日のこの時間、あなたの召命を頂いた祝福家庭、並びに食口一人一人が、この時間、天の心情圏の中で、尊い礼拝を天の前に捧げることができました事を心から感謝申し上げる次第でございます。人類は多くの人々たちが、困難の中で苦しんでいる今のこの時であります。世界的に死者が20万人を越えて参りました。多くの家族を失い、痛みと苦しみの中にいるこの世界は、困難な世界で、どこに向かうべきかわからない今のこの時であります。私たちは、天の心情圏を抱いていきながら、今のこの時、何よりも天の父母様の苦しみと涙の中におられるこの時、この地上に天の心情圏に、相対圏に立つ人たちが、どれぐらいいるかを見ながら、今のこの時を天の手にすべてかかっている時であるということを思う時、我々が天の心情圏に立って、今のこの時を乗り越えていかないといけない今のこの時であります。御父母様、私たちは、立ち上がって参ります。一番心配をかけている日本のこの国、親不幸のこの国を許していただき、この国が立ち上がって、真の御父母様に相応しい摂理国家、日本の母国として立ち上がっていけるように、この時間、天が祝福して下さい。この民族の上に天の限りない許しと愛が伴っていくことを天の御前にお願い申し上げる次第であります。日本全国的にこのようなインターネット礼拝が続く中で、多くの食口たちが困難に陥っている今のこの時であります。何をすべきかを混乱している今のこの時でありますけれども、八王子教会、多摩東京教区の食口たちは、今のこの時がどういう時であるかということを我々が芽生えて、明確な我々の心情の世界を天の前に辿っていきながら、今この時こそ、重要な時であり、この時こそ私たちがやるべき事が何があるかということをもう一度自覚して、天の心情圏を持って、日々歩む私たちになっていけるように、天の父母様、天地人真の御父母様を従って歩んで行きたく思うものでございます。天の父母様、天地人真の御父母様、どうかこの民族を抱いてくださり、多くの人たちを天の心情圏に導いてくださり、食口一人一人を天の愛で導いてくださることを天の御前にお願い申し上げる次第でございます。今日インターネット礼拝に参加する全食口、全祝福家庭の上に、天の限りない恵みと祝福が共にあることを天の御前にお願い申し上げながら、すべてのことを感謝申し上げ、축복 중심 가정 정동수 이름으로 감사하며 보고 축원하였사옵나이다. 아주(祝福中心家庭 鄭東洙 の名で感謝し報告祝願いたします。アージュ)

<御言葉の訓読>
  「私のために泣かず、アメリカのために祈りなさい」
 刑務所に入る夫の背中が暗闇に消えていきました。信徒たちは、文総裁がまた姿を見せられるのではないかという思いからか、刑務所の入り口にしばらく立っていました。私は彼らをなだめ、帰途に就きました。
 夫が異国の地で無念の獄中生活を送ることになったわけですが、それでも私は、アメリカを許すべきだと思いました。
 
「怨讐までも愛しなさい。そして、ために生きなさい」
 統一運動の最も根本的な教えは、「ために生きる」です。死の境地において自らを犠牲にし、たとえ不本意に濡れ衣を着せられたとしても、相手を許し、愛することができるというのが「ダンベリー精神」です。ダンベリー精神とは、すべて奪われて失ってしまった立場でも、天のみ旨に従って犠牲となり、許しながら、より大きな価値のために生きることです。

人類の涙をぬぐう平和の母 第4章ダンベリー刑務所に響き渡った勝利の歌 p171

過去の礼拝のみ言


教会行事案内
天一国月曜礼拝
日時:5月11日(月)開会:10:00
場所:インターネット中継