天一国日曜礼拝のみ言(陽暦2020年4月5日)

【 礼拝のみ言 】

天一国八年天暦3月13日(陽暦2020年4月5日)

説教タイトル:「 コロナウィルスとの戦争の中でどのように生き残っていくのか?  」
説教者:鄭東洙 教区長
  私たちは、2020年を始めながら、パンデミックの問題で非正常的なことが正常的なことのようにして今の時代を生きている私たちであります。世界は今現在、戦争の中にいる状況であります。戦争のスタイルはちょっと違いますけれども、各国の姿を見ると戦争の状況と同じであります。
 4月3日アメリカで、コロナウィルスで亡くなった人々の人数が6000名を超えました。世界的には5万名以上が亡くなりましたけれども、今厳しい現状の中で、世界は戦っている状況であります。アメリカ本土におきましては、こんなに人がたくさん亡くなっているということは初めてであります。
9.11テロの時に亡くなった人数が、3700名でありましたけれども、これ以上に本土で亡くなっている姿を見て、アメリカ国民は驚くべきこの状況とショックを受けている状況であります。それで、アメリカで開発している診断、綿棒を鼻に入れて、それで、感染者がわかっていくそういう状況であります。それで、早く感染している人たちを隔離したり、その経路を遮断する、そういう力を入れている状況であります。
 コロナウィルスの感染経路を見ると、感染者と近接している、さらに感染者の咳やくしゃみを通して、飛んできた飛沫を通して、他人の鼻や口に入ってきて感染する飛沫感染ということがあります。ものに落ちて、他の人がそのものを触ったりすると、その手で口を触ったり、何か食べると呼吸器に入ってくることによって感染するということになります。
ですから、専門家たちは、よく1.8 メートルぐらい離れなさい、さらに専門家たちは、手をよく洗いなさいと言われることがそういうことであります。ですから、飛沫を通してそのものを触って感染した人たちがいろんなものを触った後に他の人たちが触って、それで、呼吸器を通して入る感染率が高いから、これが倍以上に高いので、非常に気をつけて、このように社会的に距離を置く、手を洗うということを強調しているようであります。
 ハーバード大学の医科大学では、コロナウィルスは水の表面で4時間ぐらい生きているとの研究が出ました。表面の上には24時間生きているとその研究も出たし、プラスティックやステンレスの上に2日間、3日間生きていると言われていました。その患者が咳をしたり、くしゃみをして、ウィルスが3時間ぐらいそのままありますけれども、さらにそれ以上に早く床に落ちていると言われています。
ですから、エレベーターを乗る時にボタンや手すりはほとんどがプラスティックで作っているので、ステンレスも使っているところもありますけれども、はるかにこのウィルスがたくさん生きているということであります。ものにくっついているウィルスが早くなくなれば、感染の可能性が減っていくということでありますけれども、このウィルスをですね、早くをなくすということは、我々が何よりも気をつけて、よく手洗いとマスクして、人との間隔をおくということが一番大切であります。
さらに温度が4°でステンレスは28日ぐらいウィルスが生きているという報告も出ました。寒い時にこの表面上で長い期間ウィルスが生きているということもありました。驚くという研究においてはまあ20°から急激的にウィルスの活動が落ちているということもありました。40°からウィルスの活動力が落ちているという研究もあります。
ですから、コロナウィルスはこのように外部の温度の影響力があるという事実も明らかになりました。しかし、現在のコロナウィルスは変種していくウィルスでありますので、結果はこれから変わっていく可能性もありますけれども、このウィルスの変種から見ると、季節によって今後変わっていくという可能性があるということは希望であります。夏が来ると、このウィルスがだんだん低迷していくということも希望であるということを私たちが本当に知ることで、希望を感じるということもあります。
 専門家たちはこのコロナウィルスが世界を変えていると言われています。またコロナウィルスが終わると、国際情勢は多くの変化があると専門家たちは見ています。第1次世界大戦が終わってから多くの国が崩れていきました。こんな国が本当になくなる国になるかと考えられた国も、多くの国が崩れて倒れて消えてしまいました。
皆様が良く知っているイギリス帝国も崩れていきました。オスマン帝国においても崩れてきました。ソ連帝国においても崩壊され、オーストリア、ハンガリーがヨーロッパで歴史の痕跡から消えていきました。このような帝国が崩れていたように、今回グローバルパンデミックで多くの国が崩れていくと多くの専門家たちは言われています。各国の今の対応しているこの状況によって、今後の国がどのように向かっていくかということが、明らかに多くの国に影響力があるという風に言われています。
 北朝鮮においても韓国の新聞でこういう報道がされました。ある製鉄所に働いて退職している老夫婦が、子供夫婦とその子供夫婦の子供5人が家でコロナウィルスに感染され、その家から出れないようにして、その家のドアを釘で打って、その1家族が亡くなった、そういう事件が新聞に報道されました。いま北朝鮮もこのような悲惨な状況の中で多くの人たちが亡くなっている今の状況であります。この北朝鮮、この国ももちろんこの今回のパンデミックで多くの影響力がある国になると思います。
 疾病がどのように発生し、どのようにこれから進んでいくという研究をする世界的な学者ラリーという学者がいます。疫学を研究するこのラリー博士は、全世界的な有名な学者であります。アメリカでも本当に助言をいただく学者でありますけれども、ラリー学者は、20世紀3億から5億名をなくした天然痘撲滅した張本人であります。さらにパンデミックの研究家でもあります。
ラリー学者は、2006年、講演でこれから伝染病が来たら人類の多くの人たち10億名ぐらい感染され、さらに最大1億から約2億の人々が亡くなるとこういう風に言われていました。今から14年前に彼が話したこの内容が、まさに今日のパンデミックで、さらにこれからくる多くのウィルスで現実化されているということは、非常に恐ろしいということでもあります。
 真のお母様は平和の母という自叙伝を訓読しなさい、それで、訓読して食口たちが精誠を捧げる食口にはコロナウィルスが近づくことができないと我々の信仰を得てくださいました。こんな時に、私たちは真の御父母様中心にこのような危機を一つの心で克服して、精誠を捧げなければならない時であります。
 愛する食口の皆様、私たちは今、非正常的な礼拝をしている今の時であります。さらにこの世が非正常的な生き方をしている現状であります。愛する食口の皆様、このような非正常的なこの時を正常化させなくてはならないんですけれども、皆様が考える正常的な教会はどんな教会だと考えておられるんでしょうか。正常的な食口はどんな食口だと考えておられるんですか。
その教会は真の御父母様が主人である教会であります。正常的な教会は、真の御父母様が主人である教会、正常的な食口は真の御父母様が主人になっている人、そういう人が正常的な教会であり、正常的な食口であります。そうにもかかわらず、皆様が考えている正常的な教会は、どんな教会だと思っておられるのでしょうか。正常的な教会、その教会は先ほど話したように真の御父母様が主人である教会であります。
そうするならば、真の御父母様が主人である教会は一体どんな教会なんでしょうか。祈祷を一生懸命する教会なんでしょうか。そうするならばそうだと言えるでしょう。さらに一生懸命他人のために施しと他人のために愛を尽くす教会なんでしょうか。お互いに本当に慰労して慰める教会なんでしょうか。さらに一生懸命伝道する教会なんでしょうか。真の御父母様が主人であられる教会はどんな教会なんでしょうか。
その教会はこういう風に言えるでしょう。責任者がいなくても良く回っている教会であります。一人の責任者に依存しないで、真の御父母様が主人になって、その方が主人になりながらみ言がですね、導いていく教会、み言が我々を引っ張っていく教会、我々を引っ張っていく食口、そういうところが真の御父母様が主人になってる教会であり、真の御父母様が主人になる食口であります。
 テモテへの第一手紙の中にこのようなみ言があります。このみ言を現代文で解釈するとそういう言葉であります。もし私がその所に行かなくても生きておられる神様の教会のために、どんな人を送ったとしても、皆様がどんな人を選ぶかという事を皆様がそういう事に焦点を合わさないで、その真なる教会は、神の真理の柱の上に崇めていかないといけない、そういう場所であります、というこういうみ言の内容であります。教会の指針を言われているそういう言葉であります。
もう少し分かりやすく説明すると、使徒パウロがテモテにこの手紙を出しているこの文章であります。パウロがいなくても問題がない教会、そしてパウロの代わりの人、どんな人をたてたとしても問題がない教会、教会はある人に依存するところではなく、教会それ自体がまるで神様のみ言中心に柱になり、神様のみ言を中心に基礎になっている教会にならないといけないことを強調している、そういうみ言であります。
しかし、多くの教会が一人の指導者によって動いているということが問題であります。教会の指導者がいなければ教会は混乱している、何もやらない、もう手を離している、こういうことが今インターネット礼拝を始めてからこういうことがたくさん起きている現状であります。私はそのような教会にならないために努力して参りました。今日、皆様はインターネットでこの時間同賛している礼拝であります。
皆様が訓練されているならば、インターネットに同賛したとしても画面を通して鄭東洙という人を見ることではなく、この画面を通して真の御父母様を見る皆様にならないといけないことが正解であります。皆様が注目しなければならない対象が、私ではなく、唯一真の御父母様であります。私は皆様に拍手を送らせる対象でもありません。皆様から拍手をいただくそういう対象でもなく、私もこの教会の食口の1人の一人であります。私も真の御父母様を見ながら従っていかなければならない人であります。
私は牧会をしていきながら、我々の教会で影響力ある人たちをたくさん見てきました。しかし、その人が間違っていったら、その人を従っていた人たちが結構多いということであって、その人についていく、それで、教会を離れていっている人たちが結構いました。信仰を中心として私たちが歩む中で、この信仰を人中心にしていくから、そういう風になった結果であります。信仰を人を中心としてそういう風にしていくならば、そういう風になってきます。尊敬するその人が信仰の終着点ではなく、最後の終わりじゃないんです。
我々の信仰の最後は真の父母様にならなければなりません。ですから、私も牧会しながらその面に対して非常に負担と厳しさがあります。ですから、皆様が私のためにたくさん祈祷してくれなければなりません。私は皆様がそういう風にならないために、私のために祈っていかなければならないと思います。感謝することは、神様がそのようにならないように、そういうことで、私をたくさん悟らせたり、苦難を与える時もあります。
 最近インターネットを通して、どこかでこのインターネットを見て多くの人たちが私を知るようになり、それで、どこかでこのインターネット礼拝に参加しながら、私の顔を初めて見たか、礼拝を通してこのみ言に本当に感動したか分からないんですけれども、私に一度会いたいという連絡をする人たちもいます。
しかし、その人の教会の所属教会があって、食口なので他の教会の所属なので電話がくると、私は会えない、とこういう風に答えて行きます。いずれ私を見て失望して信仰まで捨てる、そういう人になる可能性もあるということもありますので、ですから、私も人に会うということは、本当に気をつけて会うという人であります。一人が崩れていくと従っていくことによって、すべてが崩れる、従っていく人たちさえも崩れていくというケースもあります。
私は皆様が天の父母様を眺めてみる、天の父母様を見る目が開く皆様になることが、本当の皆様の信仰の重要な内容であります。そういう人にならないと本物になれないということであります。このみ言は私がいなくても回っている教会、これが健康な教会にならなきゃならないということであります。人を中心ではなく真の御父母様のみ言で導いていく教会、その教会にならなければなりません。
 2020年を迎えながらコロナの問題でインターネット礼拝をしながら神様は私にこのような悟りをくださったような感じであります。人を中心ではなく神様中心に、み言が中心になる教会、み言が中心になった家庭を作りなさい、という教えをくださったような感じがします。神様が2020年度を迎えて、真の御父母様中心、み言が中心になる教会いう言葉は、中心になる家庭を作りなさいという我々への警告であります。み言が中心になる教会、その教会の証しは何でしょうか。その証しがどういう証しなんでしょうか。その証しは教会によく来て、礼拝を捧げることなんでしょうか。
み言が中心になる教会の証しは、このような証しであります。我々の人生が変わり、人格が変わり、見る目が変わって、その結果、本当に家庭ごとのお互いの関係が回復され、人間関係が回復され、真の御父母様に似た証人が集まる、その場所がまるでみ言が中心になる教会の証しであります。これが死んでいる教会ではなく、生きている教会のそのところであります。私は多摩東京教区の食口たちがそのような食口になればいいと思いながら、さらに神様の前に最高に誇ることが出来る食口になることをいつも私は祈りながらこの教会の食口たちにこのような教育をしている状況であります。
神様が、この場に来られると皆様を見ながら多摩東京教区の食口たちは雰囲気が違う、多摩東京教区の食口たちを見ると違うんだ、そういうふうに神様が喜ばれる教会、食口、これが御父母様が願われる、神様が願われる教会であります。人々が真なる教会があそこにあるんだ、あの教会が真なる教会なんだ、私たちも真の教会がここにあるんだと言える私たちにならなければなりません。
 私たちは真の御父母様に出会いました。それにもかかわらずよく生きていこうとしています。よく生きていこうとしている、そういう考えが多いです。高くなりたいと、さらにたくさん持ちたい、他人よりも持っていないもの、たくさん持っていきたい、そういうふうに考えを持っていくならば、皆様は本当の人生を生きてない、まだまだ迷っている人生であります。まだ人生の真なる意味を発見できてない、そういうことであります。
 食口の皆様、モーセが一生涯、一番重要にしたものがあります。それは杖であります。もちろん羊飼いなので、羊飼いとして杖が自分の体を維持するものでもあり、食べて生きるためには重要なものであります。さらに羊を本当にですね、触れる重要な道具でもあります。
しかし、ある日、神様に出会いました。神様がモーセに命令して杖を投げなさい、捨てなさいという風に言われました。一生涯モーセにとっては重要なものでありました。モーセとして杖を、維持した杖を生涯大切なものとして維持したものでありながら、そのモーセはこの杖を投げるということは簡単ではなかったんです。しかし、神様は、杖を投げなさいという風に言われました。モーセは、神様のその意志が何かわからなかったんですけれども、従順してその杖を投げました。その杖が蛇になったわけであります。羊飼いの人たちには、この蛇は大変危険な動物であります。蛇に足を噛まれたら毒が広がって死んでしまいます。
さらに、このモーセはこの杖を投げたのに、この杖が蛇になるということは想像もできなかったわけであります。モーセはその蛇を生涯維持して生きてきました。神様は、私たちに捨てなさいと言われたものにもかからず、一生涯捨てれなくて、それを維持して生きているものがあります。神様はこのような実態を私たちに見せてくださいました。
モーセ、あなたが維持しているものが何か分かってるの、モーセあなたが今とっているものが何か分かってるの、これがあなたをよく生かせるものか、保護してあげるものか、守ってあげるものか、そういうものかそういうものを神様がみせました。それをあなたは持っていくと、あなたを殺させるそのものであることを神様が見させてくださいました。モーセが一生涯持っているものは蛇でありました。モーセは驚いたんです。
皆様、神様、真の御父母様を信じていながら、真の御父母様に従っていながら、み言の中に生きていかなければ、この世で生きている私たちはこのようについていきながらも、皆様を噛まれて、さらに家族を噛まれて、さらに次の世代まで噛まれていく蛇のようなものを皆様が握っていることであります。
さらに神様は、モーセに蛇をつかみなさいと言われました。それも蛇の尻尾をつかみなさいという風に言われました。蛇をつかむという時には頭をつかまないといけないんですね。そうですね。しかし、神様は尻尾をつかみなさいと言われました。尻尾をつかむと噛まれて死にます。人間が想像してる、考える自分が知っている通りにしたらいけない。神様が命令した通りに尻尾をつかんだ時に我々がそうですね、神様の命令通りに、み言通りにやらないといけないことを教えることであります。
モーセは、神様がしなさいという通りに従順して尻尾をつかみました。そうすると、その蛇が杖になったわけであります。その杖は知ってみれば蛇であったんですね。しかし、神様のみ言でもう一度つかみなさいと言った時にモーセのですね、そのつかんだ蛇は杖になって、その杖は紅海を割く杖になり、盤石を打つと水が出る杖になりました。奇跡のものになったんですね。神のみ言通りに私たちは生きると、奇跡が起きる杖をもらってるようなものであります。神様のみ言の通りに生きると、同じ杖でありますけれども、全然違います。
神様のみ言で生きる人は、違う歴史を生きてることであります。神様のみ言で我々が生きてるということは、まあ外側では変わることは何もなりません。皆様、み言で生きるということで皮膚が良くなるんですか。頭が良くなるんですか。明日IQが急に150になるんですか。そうならないんですね。以前と同じであります。しかし、私たちは、み言を知って、み言通りに生きている人は完全に違う人生であります。そのような人生として私たちは生きていることであります。
私たちはどんな人生を生きているんでしょうか。私たちは、驚くべき神の聖霊が神の霊が我々の中に生きています。外見的には変わらないんですけれども、我々の中には神の霊が生きている、これを皆様は知っているんですか。我々がどれぐらいそれを分かっているんでしょうか。私たちが神様を信じていながらも、まだ罪の誘惑もあります。衝動もあります。これがなくなるわけではありません。神様のですね、み言は真の御父母様のみ言を従っていながらも、み旨についていきながらも、我々の人生は、本当に色んなこの世の中をついていきならいろんな問題があります。
しかし、我々の人生は新しい命を頂いた私たちであります。み旨を生きていながら大変なこともたくさんあります。もういろんな苦難もあります。しかし、我々の中に神の霊が生きているので、我々の人生は、以前の人生と現在の人生は全然違います。今日のこの時間、礼拝をどのように捧げるか、皆様、本当に長い期間2ヶ月続くこのような状態でインターネットを通して礼拝を捧げていきながら、皆様の混乱もあります。
 最近、ある食口の話を聞くと教会に来ることもないから楽だ、と言われる食口もいました。楽ですね、皆様も教会に来ないから。もうコロナが終わると教会に来ることに慣れてなくて大変だと思いますけれども、まあ家でネット上で礼拝を見るということ、礼拝を見物してるかわからないんですけれども、皆様が参加してきながら色んな葛藤があると思います。
しかし、信仰しながら、皆様いろんな葛藤がありますけれども、我々が知らないといけないことは、新しい命を頂いた私たち、肉身の誘惑があったとしても、葛藤があったとしても、我々は本当に神の霊を、真の御父母様の命を頂いてる私たちであります。ですから、いつも教区長が皆様に、本当に強調している内容が、自分が死んで自分の中に神の霊が役事する、そういう人生を生きてる人生、これが奇跡が始まる重要な地点であります。
多くの人たちがみ言を訓読し、み言を勉強し、祈祷しながらこの境地に上がると言われています。しかし、10年、20年、30年、教会に通ったとしても、全然変わらない、ということをたくさん見る人たちもいると思います。むしろ教会に長く通ったとしても、むしろたくさんみ言も習ったとしても、教会から離れていく人もいるんです。さらに教会がそういう人たちにが集まって、教会がですね、別れてると教会がバラバラになってる、そういうケースもあります。
なぜなんですか、本当の信仰は私の中にいる自分自身がですね、自我が死んで、自分は死んで私の中に生きているその方、真の御父母様の目で見る、真の御父母様のそういう行動で、真の御父母様の言葉で、真の御父母様の人生で生きるという私たちにならなければなりません。私たちの本当の人生、それが真の御父母様が自分の中に生きてる人生というものであります。自分自身が死ななければなりません。
 最近、真の御父母様の自叙伝を読みながら、多くの人たちが感銘と感動を受けてるそういう証しがたくさん出ています。特に真のお母様の自叙伝を通して、多くのことを知ることができます。堕落した人類を復帰してこられた、神の心情を表現してこられた、真のお母様のその生き方をこのお母様の自叙伝を通して私たちに教えるこの内容であります。真の御父母様と私たちは一つにならなければなりません。
それで、平和の母の自叙伝を訓読して、真のお母様と一つになる私たちにならなければなりません。平和の母の自叙伝を読んで、多くの食口たちの感想が、教会に上がってくればいいかなと思います。お母様も食口たちの感想を聞きたがるわけであります。皆様が送ってる感想を本部に送ったら、本部はお母様に届けていきたいと思われるので、皆様の感想をたくさん提出してもらいたいなと思います。
 それで、韓国のある伝道対象者であった一般の人の感想文が、私はですね、手に入れました。その人の感想文を皆様ちょっと読んであげたいと思います。
人類の涙を拭ってくれる平和の母の本が出て、一度読んでみて下さいという言葉を友達から聞いてから一週間になりました。韓鶴子総裁が願われる一生のお願いは、どういうものであるでしょうか。本を読んでいくと、日増しに知りたいことは増えていきました。何故そんなに大変で、難しい道を行かれたのでしょうか。二つの足を伸ばして楽に住むことができない場で生きなければならない立場、なぜこのような道を自ら行かれたんでしょうか。女性という同じ性を持たれましたが、この世の中で苦しんでいる人たちとは全然違う人生を生きておられた、その先生というふうに私は感じました。本を読むほど韓鶴子総裁について知りたくなりました。超越してる人でしょうか。それとも霊的霊能者であるでしょうか。一年だけで地球を何周も回りながら、必要とするところに気が狂うぐらい回っている韓鶴子総裁、口の中が爛れ、足が腫れ、立つ事さえもできない、困難がありましたが、休むことがなく神様とともに約束を守るために困難な道を歩んで行こうとして、決心して、いくら苦難があったとしても、これを自分の代で終えさせようとする韓鶴子総裁、韓鶴子総裁の人生の話、夢と使命と情熱や献身で天のみ旨に従っておられるその人生の話、私はお話を読みながら本当に私は、考えたことを予測もできない真実な大きなことを感じました。人間として、その大きなことをされてるその方、まるで、私はその読みながら興奮の中でその本をずっと続けて読みました。この世の中でこんな人がいるか、この世の中で私がこんな師匠に逢いたかったと思ったんですけれども、このような人生を教えられ、そういう方、私はこの本を読みながら私の師匠を見つかったような感じがしました。私は逢いたい人だと思いました。心の平和が浸透し、いつのまに私の全身の体に感動が溢れていきました。その機運が私を包んでいて感動が出ました。私はその方を母として侍っていきたいと思いました。
この証しはですね、食口の感想文ではなく、一般の人がこの本を読んで送ってくれた感想であります。
さらに、私がインターネットを通して韓国では多くの書店で、この本を売っているので、レビューというですね、その書き込んでいる下の文字を約1000万件ぐらいの内容が書き込まれている、そういうところもありました。その中で私はちょっと見た一つの感想の中でも、こういうことも書かれてるある人の内容だったんですね。もう胸に溢れている中にこの本を見たそうであります。
なかなか自分は本を読まない人でありますけれども、何か読みたくってこの本に手を入れたそうであります。どんな人にですね、生涯、自分も師匠に逢わなければならないか、いつも悩んでた人であったみたいで、こんな人生を歩まれたその人、まるで自分の悩みをすべて教えてるような、そういうことがですね、この本に書かれてということをですね、書きながら私は探したという話を書かれていました。
ただ自分は逢ったということで、この本の中に自分は逢うべき人にあったということを書かれました。それで、心の中に、本当にですね、その人がこれから行くべき人生をもう一度を整えて出発したいという感想もあったし、ある人の場合はですね、この世は、まだまだ希望があるということを感じたそうであります。いつも絶望のこの世でありますけれども、この本を読んで、まさにこの世は希望があると、あんな人がおられるんだということを感じて、だから平和のために悩んでる人とリーダーたちはこの本を読まないといけないことを提言します。多くの人たちに平和の方向性を提示する、この内容でありますので、この本を積極的に読みなさいというふうにインターネットの中に上がってきた内容であります。
 愛する食口の皆様、我々はこの期間、お母様の自叙伝を読んで、我々がお母様と一つになって、今私たちが何をすべきかをより知らなくてはならない重要な時であります。世界的にパンデミックの混乱の中でいる今の現状、人類が迷っている今のこの時でありますけれども、私たちは真の御父母様を中心として、どのように生き残っていかなきゃならないんでしょうか。
 それは先ほど説教の中でも話したように、真の御父母様の目で見て、真の御父母様のみ言で話し、真の御父母様の行動で、真の御父母様の人生で生きる私たちにならなければなりません。この一週間、全食口たちがその心情で生きてきながら、多摩東京教区の全食口たちが本当にどのところの食口よりも本当に復興し、新たな人生を出発する全食口になっていけたら本当に幸せであります。お祈りいたします。
<祝 祷>
天の父母様、天地人真の父母様、尊い時代を生きている私たちでありながら、世界はパンデミックの困難の中で、多くの人たちが亡くなる現状の今のこの時であります。家族が亡くなり、知り合いが亡くなり、家族さえも亡くなる場面を見ることさえもできない、涙と苦しみをこの中にいる今のこの世の世界は、真のお母様が一番痛めておられる今のこの時であります。日本も今、困難な状況で生きている私たちでありますけれども、私たちが何をすべきかをより心を整えて、非正常化している教会に、非正常化してる私たちのすべての内容を正常化させていけるように、この時間、もう一度改めて生きてる者たちが、コロナウィルスに負けずに立ち上がって、真の御父母様のみ言を中心に、真の御父母様の目で見て、真の御父母様のみ言で生き、み言になって、真の御父母様の行動で、真の御父母様の人生で生きる私たちになっていけるように、この時間もう一度改めて悟らさせる天のみ言を頂いて、出発していきたく思うのでございます。天の父母様、天地人真の御父母様、多摩東京教区をはじめ、日本全体の食口1人1人、さらに多くの人たちがこの時間、真の御父母様に侍りながら、真の御父母様と一つになって出発するところに、天だけ主管してくださり、真の御父母様、偉大なる聖霊の恩恵と恵みを注いでくださり、本当にウィルスに負けずに力強く霊的に立ち上がって、健康とさらなる勇気と力を注がれることを天の御前にお願い申し上げる次第でございます。真の御父母様、この日本、全世界を天が守って下さり、天が慰労してくださり、天が導いてくださり、早くコロナウィルスが終息できるように天が導きお願い申し上げる次第でございます。天だけ主管する時であります。天だけ全てを導いてくださる時でありますので、全人類が神様だけ、神様しかいないということを手を伸ばして生きてる今のこのとき、天がその声を聞いてくださり、一人びとりを導いてくださることを天の御前にお願い申し上げる次第でございます。天の父母様、天地人真の御父母様、どうか全世界を真の御父母様、天の父母様だけ主管することを願いながら全てのことを感謝申し上げ、축복 중심 가정 정동수 이름으로 감사하며 보고 아뢰었사옵나이다. 아주 (祝福中心家庭 鄭東洙 の名で感謝しご報告いたしました。アージュ)

<御言葉の訓読>
 万一わたしが遅れる場合には、神の家でいかに生活すべきかを、あなたに知ってもらいたいからである。神の家というのは、生ける神の教会のことであって、それは真理の柱、真理の基礎なのである。

テモテへの第一の手紙3章15節


過去の礼拝のみ言


教会行事案内
天一国日曜礼拝
日時:4月12日(日)開会:10:00
場所:インターネット中継