天一国日曜礼拝のみ言(陽暦2020年3月22日)

【 礼拝のみ言 】

天一国八年天暦2月28日(陽暦2020年3月22日)

説教タイトル:「 真の父母様は、私たちの生活と歴史のすべて  」
説教者:鄭東洙 教区長
  信仰生活が霊的に生きている人は有益でありますけれども、しかし霊的に死んでいる人はだんだん信仰的に崩れていくのであります。
 コロナウィルスの問題でこのような状態がいつまで続いていくか分からないんですけれども、現在、専門家たちの予測においても状況が分からない今の時であります。生理的にも経済的にも文化的にも全ての面が委縮している今の状況であります。しかし一つ明らかな事は、神様と私たちの関係が深くなる絶好の機会であります。神様と私たちの関係が、本当に良い環境を結ぶ絶好のチャンスであります。私が感慨深く見た本の中に二種類の信仰人がいると言われました。一種類は神様を信じる人がいること、もう一種類は自分が神様を信じていると思って信じる人だと。こういう風に言われました。私は神様を信じていると言われている人はどれぐらいたくさんいるか分かるでしょうか。
 皆様2012年、韓国で暴力団が偽ガソリンを販売して暴力団員21名が逮捕された事件がありました。偽ガソリンの中に一番たくさん入っているものが、一体どういうものが知っておられますか。皆様、偽物のガソリンの中に何が一番入っているか、正解はガソリンです。ガソリンがたくさん入っています。偽物にもガソリンの中に何か入れているから偽物であります。ガソリンの中に他のものが入っていくと偽物のガソリンになっていきます。ガソリンでありながらガソリンは偽物であります。
 人々は神様を信じないこともないんです。しかし信じる人の中でも偽物という人が結構いるということであります。しかし、神様を信じないということではないんです。神様を信じているんですけれども他のものがたくさん入っているということであります。それは偽物ということであります。私は今日読んだ証しの中で何度も何度も読みながら涙が出ました。私たちが行くべきその方向性を教えられているようなその内容が刻まれている内容ではないかと思いました。
 私が知っている婦人は、入教前に日本で国立大学を卒業して大企業に就職しました。それで、それとともに留学に行きたくて資金を作り、それでアメリカのニューヨーク大学に留学して、インテリアデザイナーを目指し、その目標を持って情熱的に努力して参りました。
より成功したくてヨーロッパで勉強をしました。決意してヨーロッパに渡って、そこで一生懸命勉強もしながら仕事もしました。世界を回り彼女が一生懸命夢を目指して頑張っていましたが、教会に出会いその後全てを捨てて韓国にお嫁に行って夫の両親に侍り、夫の両親と一緒に暮らしました。しかしその暮らしがあまりも厳しくて奇跡的な生き方をしました。文化のことで毎日が大変、経済のことで毎年大変、さらに夫の病気で死にたいというくらい大変なことが多かったそうであります。ですから、彼女は毎日祈祷なくしては生きることが出来ませんでした。祈祷した結果、夢で真の御父母様がよく現れたということです。
 旧約聖書のヨブ記は今から4000年前に書かれている記録であります。ヨブ記は苦難を受けた人々たちの痛みとその痛みの原因、そして解決策が何かということが出てくるヨブ記であります。ヨブはこのような自分自身の問題が、どういう問題があるか正確にわかりました。ヨブは自分が苦難を受けながら神様と会話する中で本当に神様の前にどのようにすればいいか正しく生きることが何かということを悩みながら生きていました。ヨブはすべてわかるようになりました。まさに神様の前にどのように生きていけばいいかということが分かるようになりました。
人間堕落以降、人間のすべての問題は罪であります。罪といえば多くの人々は姦淫をしたこと、殺人をしたこと、人の物を盗んだこと、そういうに考えますけれども、このことは罪ではなく、罪によって現れる症状であります。罪は神様が人間を創造した本来の創造目的から離れたことが罪であります。
 最近、韓国のキリスト教の牧師たちの中で話題になっているスキャンダルの問題、セクハラの問題、性的問題、お金の問題、こういう問題であまりも韓国で話題になってる牧師達が結構いるわけであります。
 アメリカで1980年代、有名なテレビ説教師がいました。姦淫の罪で、横領罪で、それで牢屋に入ったその牧師でありました。多くの人々を導いていたそういう人がなぜそんな罪を犯したのでしょうか。その人に聞いてみればこの様に答えます。私は一度も神様の愛に対して冷えたこともありません。神様を愛しています。と言われます。しかしなぜこんな罪を犯したのでしょうか。問題の核心は神様を愛していると言われながら神様に対して恐れないその人生であります。
皆様、こんな場合、そういうことを考えてですね、私たちが見ることができるでしょうか。こういうことがたくさんあります。神様を愛していながらも神様に対して恐れない生活。神様を愛しているといいながら多くの人がそう言いながら、しかし神様に対して恐れない。そういうことがたくさんあります。教会でも自分が言いたいだけ話をたくさんしたり、言いたいこと全部言ってしまうし、行動を自分なりにするし、誰か見なければ勝手な行動をしていることがあります。
神様に向かう恐ろしさがないからであります。実際、神様がおられるということが信じるようにならないからであります。神様がおられることが信じられないとういうことであります。我々が罪を犯し神様の前に立った時、どれぐらい恥ずかしいでしょうか。神様が一緒におられることを信じているようになれば、どんなに言葉を勝手に言えることができるでしょうか。我々がそういうふうに見ないから、見えないところで罪を犯している。隠して罪を犯していることがあるわけであります。
皆様も実際、神様がいらっしゃると信じられなければ同じようになってきます。ダビデは詩篇16編を書く時に、ダビデが命の危機がある時にこんなことを書いた内容でありました。こんな時にダビデは神様が共にいらっしゃるということをいつも確信したわけであります。ですから落胆もしなかったわけであります。ですからどんな厳しい状況の中でも乗り越えていきました。
 2008年、アメリカでハリケーンが150 km を超える強風で40 M を超える松の木が全部倒れて、折れていたそういう時があります。家も激しく全部飛んでいきました。しかし、ナツメヤシは、枝が地にくっつくくらい曲がっていました。ナツメヤシの特徴は曲がったとしても折れないという特徴があります。強烈な ハリケーンの中でナツメヤシは3、4時間くらい曲がっている。その状況の中でもすぐ折れるようでありながらもナツメヤシは弾力でもちこたえます。生物学者たちの研究によれば、ナツメヤシは曲がっているときにさらに強くなるということです。ですからハリケーンを乗り越えているナツメヤシは普通より大きく育つというに言われています。その特徴のおかげでユダヤ人はナツメヤシに勝利と復活を象徴する名前をつけました。
砂漠を旅行する人々にはこのナツメヤシが見えれば、その近辺にオアシスがあるという風に知られています。こういう生命の木だと言われています。人生の苦難に出会う時、我々は人生が終わったように感じる時があります。神様が私と共におられるということを信じていくようになる人は、苦難が私たちを破壊したとしても私たちは神様が共におられることを知っているので、むしろその苦難が私を成長させる道具だと信じていきます。
 アメリカの有名な西部、砂漠の地帯で死の谷というところがあります。死んでいく谷というところがありました。西部の開拓時代、多くの開拓者たちが数百名の命を落としたその死の谷の話があります。あるお父さんが観光のために家族を連れて神秘の砂漠の道を旅行するのに急にその砂漠の中で風が吹き始めました。嵐の風が吹いていきました。運転するお父さんは急に恐怖の中に巻き込まれて車を停めるしかなかったわけであります。お父さんは家族がこんな中で死んでしまうのではないかという恐ろしさがきたわけであります。しかし、子供たちはその光景を見て良かったそうであります。気分が物凄いですね。テンションが上がって喜んでいたそうであります。映画で見たようなその場面であったので、もう声を叫びながら喜んでいたそうであります。子供たちはこの状況の中でもお父さんを信じ、お父さんの能力を信じていたので、子供たちは遊んで楽しくその光景を見ながらその瞬間であったそうであります。その時、お父さんは悟ったそうであります。神様がこの車の運転をしていると。神様が運転している、ハンドルを握っている、とういう風に考えるならば、こんな難しさでも厳しさでもどんなことがあったとしても我々を守っているということを悟ったそうであります。ですから、我々がどんな厳しさがあったとしても我々の挑戦も全てが祝福であるということを悟ったそうであります。このような経験を通して神様に預けることがどれぐらい重要であるかということを悟ったそうであります。
 韓国のコメディアンで結婚してから100日が経った後に、自分自身が網膜色素変性症という 難病にかかったことが分かるようになりました。全世界でこのような患者が約150万人ぐらいいるという珍しい病気だと言われています。日本では3000人から約8000人の中で一人ぐらい割合でこの症状が現れるという風に言われています。網膜色素変性症という病気は、光を受けられる視覚細胞が損傷されて、だんだん視覚を失っていくその病気であります。だからだんだん視力を失っていく時にあまりもこれが大変なことで、死刑囚が死刑を待っている気分のようであったそうであります。失明の判断を受けてから彼は毎日毎日心の底から怒りがこみ上げてきて、ある時が暴言で、ある時は物を投げて自分が生きるということがショックでそういう生活したそうであります。しかし、彼の妻は変わらない診療で彼を支え、彼を離れないで、いつも彼の横で守っていたそうであります。しかし、ある日、彼の妻は脳腫瘍にかかっているということが分かるようになりました。妻から話を聞いて、彼はその話を聞きながら涙が出るしかなかったそうであります。
毎日、涙の生活で、彼が完全に視力を失った時に、あるニュースを見て、韓国で40代の男性が自分の目を提供するという連絡をしてきたわけであります。それで目を提供するという連絡を受けて喜ぶそういう心を持ってその人に会いに行きました。目を提供するという人に尋ねていたら、その人に出会ったのです。その人に出会ってみるとその人はどんな病気を持っているかといえば、筋肉病を持っている患者でありました。身体全体の筋肉を使う事が出来ないそういう状態であればもう寝たきり状態にいる。その人が唯一生きているそのところが目しかなかったそうであります。他の所は全部失っているそういう人でありました。その人を見た瞬間、自分を考えたそうであります。私はひとつだけ失っている。目だけを失っているが、全ての体を持っていると。一つだけ失って全体を持っている私、しかし彼を見るとひとつしかない。でも全部は失って一つしかないものを私に提供してくれる。その人見た時に、それを私にくれということを言えなかったそうであります。その時に彼はこう言いました。私はもらえないと。その時から自分自身が持っている一つの中で不便なことはひとつしかないと考えたのであります。それで見えない目でトライアスロンという競技も参加したんですね。トライアスロンという競技は水泳、自転車、182キロぐらいの距離を走る自転車競技があります。長距離を走るということもあり、この3種目を順番で休まずに行うスポーツの競技であります。そういうことをしながら彼が本当に感謝することが何かということを分かるようになり、本当にこういう風に自分が生きるということに対して毎日感謝の生活している彼でありました。
 使徒行伝を読んでいくと奇跡の話がたくさん出ています。しかし明らかなことはいつも奇跡だけの内容ではないのです。むしろ多くの部分に苦難がたくさん出てきます。信仰のため迫害もありました。このため死ななければならない人もいました。このために持っているものも奪われないといけないそういうこともありました。そんな話がたくさん出ています。しかし、彼らの中で神様を眺めてみるその目が開かれたので、苦難の道は行けば行くほど嬉しかったわけであります。その苦難の道を楽しく生きるようになりました。
 皆様はよくご存知でおられる内容かもしれませんが、シリヤ(アラム)の王の軍隊がエリシャを殺そうとして軍勢が馬と戦車をもって街を囲んで、朝になると城の中に入ろうと戦争をする準備をしている瞬間が記録されている内容が出ています。エリシャの僕が朝起きてみれば、死にそうになりました。シリヤの王の軍隊が城の前に大勢いるからであります。どうすればいいかわからないでいましたけれども、エリシャの僕が、この内容を見て、エリシャの所に走って報告した時に、エリシャはその話を聞いて、さりげない全然何もないような動揺もなく、恐ろしさもない瞬間を見たわけであります。その瞬間、エリシャは神様に祈祷していきました。その僕が、目を開いて見させてくださいと。その時、エリシャの僕の目が開かれたわけであります。僕が見ると火の馬と火の戦車が山に満ちてエリシャの周りにあったので、エリシャの周りに天軍、天使が自分たちを囲んでいるのをみたわけであります。強い天の軍隊が囲んでいるわけでありますから、エリシャは何の心配もなかったのです。エリシャはそれをいつもそういう目で見たのでしょうか。いつも天軍、天使が自分たちを囲んでいることをいつも見たのでしょうか。エリシャは信じたわけであります。信じるようになりました。神様が一緒におられるから信じるようになったのです。神様が天軍、天使で自分自身を守っていることを信じていた。そういうことを確信したんだ。これが私たちに必要なものであります。私たちが知らなければならないことは、そこで奇跡が起きるのか、それが重要ではないのです。奇跡は起きることもあるし、起きないこともあります。どんなときも奇跡よりは苦難な時がたくさんあります。しかし、神様はいつも私たちと共におられます。いつも私たちと一緒にいらっしゃいます。私たちがその目で開かれなければなりません。その目で開かれなければなりません。
 コロナウイルスの伝染病でいま世界が困難な状況の中で、根本治療者は神様であります。我々の危機、我々の痛み。国家の痛み、それを助けてくれる唯一の方は我々を創造した神様でおられます。我々が大悔い改めの運動が起きなければなりません。大祈祷の運動が起きなければなりません。大伝道運動が起きなければなりません。何故なのでしょうか。神様がおられるから、我々がそういう目で見なければならないのです。そのように信じていかなきゃなりません。その目が開いていかなければなりません。
 証しを聞かれたではないでしょうか。ある日、お父様が日本婦人たちにこんなみ言を語られた時がありました。日本にいればよく生きれたのに、お父様が連れてきて苦労させてるねと言われたときがあります。そのように語られているお父様のみ言を聞いた時に、多くの夫人たちが泣きました。自分が好きで自分が願って韓国に行ったのに、お父様が日本に暮らしていけばよく生きているのにもかかわらず、お父様が連れていって苦労してるねと言われる、そういう話を聞いて韓国にお嫁に行って、それで苦労してる生活を夫人たちがいつも思いながら、夫人たちはいつも御父母様が心配してくださる、愛してくださる、真の御父母様の前に心配させないように、いつも努力しなきゃならないという自分自身になるために身悶えしている、そのような夫人たちは結構おられます。
 夫がお酒をやめることも奇跡でありますけれども。神氏族メシヤ勝利のために考えられないことが起きるということであります。人間の力でできない今のこの時、人間の力ではなく、神様と真の御父母様、そして祝福を受けられた先祖たちの恩恵で奇跡のようなことがたくさん起きるこの時代を、先の証しを通して皆様みられたと思います。
 皆様、この一週間出発してきながら皆様と全員が決断する一週間になることを祝福してきます。真のお父様は今のこの時間、奇跡を見せようとするよりも、今の困難のこの時を超えてほしいという願いがあります。私たちにより決断して出発することを願っておられるこの期間であります。みんなが立ち上がってチャンスであると言われる真の御父母様の前に、より決断して、祝福する御父母様の前に立ち上がってより前進する祝福家庭になっていけるようにお願いしたいと思います。
 祝福式もして参りました。そこに参加しているご夫婦と式典が終わってから一緒に食事する時間を持っていきました。参加した夫が大変ここに来て喜んでる、その姿を見て私もびっくりするぐらい本当に驚いた瞬間でありました。参加してこの教会に対して色々聞かれた内容もありました。どれぐらい会員がいるか、教会に対してメディア関係も今まで見た夫であったので、悪い噂ということも聞いたけれども、その夫がこう言われたんです。メディはもちろん反対側に悪いことに報道しているということも知っていると言われました。そうすることによって多くの人々の目線を向けるようにしているということをその夫が言われました。本当のものを知っているならば、本当のことをわかっているならば、皆が感銘を受けることであります。今私たちはこんな危機の中でこのネットを通して祝福すること、ネットを通してこのような礼拝をする事、全ての事が今まで考えられないそういうことが起きてるこの時、これがチャンスであり、これが大きな突破口を開く時であります。
 皆様、今日のネット礼拝が皆様にとってはチャンスをくださる尊い瞬間であり、この期間を通して私たちがより前進する私たちになり、神氏族メシヤ勝利に向けて前進するこの一週間になっていけるように頑張ってまいりましょう。多くの所々に一人一人のところに天の父母様、真の御父母様が共にいらっしゃる事を本当に私たちが信じてその目が開き、その目で真の御父母様を証しする私たちになっていけるように頑張ってまいりましょう。

 

<御言葉の訓読>
 天寳祝福の恩恵の証し文を訓読

 


過去の礼拝のみ言


教会行事案内
天一国日曜礼拝
日時:3月29日(日)開会:10:00
場所:インターネット中継

 

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