「浅川勇男先生をお迎えして より豊かな人生を送るための永生セミナー」開催(陽暦2020年4月19日)

【浅川勇男先生をお迎えして より豊かな人生を送るための永生セミナー】

天一国八年天暦2月27日(陽暦2020年3月19日(日))

講演タイトル:「 平和の母に見る10の奇跡 」
講話者:浅川勇男 先生
インターネット中継にて「浅川勇男先生をお迎えして より豊かな人生を送るための永生セミナー」(自叙伝書写会)を開催しました。
<講話>
 多摩東京教区の皆さんおはようございます。浅川勇男です。韓鶴子夫人が、お母様が自叙伝「平和の母」を出版されました。私はこの「平和の母」の本を3回、通読、完読させていただき、読みながら本当に感動しました。そして、自分の体の中に、こんなにたくさんの水滴があったのかと思うほど涙を流させていただきました。まさにこの「平和の母」は私の人生における、信仰生活における大きな光となりました。
 そこで今日は、お母様の自叙伝「平和の母に見る10大奇跡」という題名でお話をさせていただき、皆様の信仰生活、あるいは人生にとって、大きな一助になることを思いながらお話をさせていただきたいと思います。
 10の軌跡、第1の奇跡は、お母様がお生まれになった、誕生されたということ。これは奇跡なんだということであります。全人類は有史以来、もう数え切れないほどの人がこの地球上に生まれました。しかしながら、たくさんの人は生まれましたが、世界が変わる、世の中に光が射す、天国が実現する、そういう道は開かれませんでした。神様の願う独りの息子、独りの娘が誕生することになり、同時にその二人が御聖婚して、真の父母になる、これがない限り、たとえおびただしい人類が生まれても救いということはありえませんでした。この観点から見て、お母様が誕生されたということ、これは神様にとって、人類にとって奇跡であります。神様の目的、願い、これは、この地上の人類を全て祝福結婚に導き、根源的な原罪を綺麗に清算し、本然の人間と復帰し、そして、この地球そのものを、輝く天国にし、天の父母様の下に人類一家族世界、これを作るというのが天の父母なる神様の目的であり、願いでありました。そのためには神様ご自身がお産みになった、原罪の一点もない、宝石のような原石のような、光輝く神様ご自身がお産みになった独り子と神様がお産みになった独り娘、このお二人の誕生が人類の運命を決める、神様の願いを成就する道でありました。そして、この二人が結ばれる、御聖婚する、そして、真の父母様になること、そして、この二人の深い真の父母の愛によって原罪という根源的な人間の罪を綺麗に父母の愛で清算し、本然の人間に復帰する。この神様の独り子と神様の独り娘の御聖婚と真の父母に全てがかかっていました。この摂理を、神様の願いを根底から破壊し、その夢を崩す、これを目的としたのが、サタン、悪魔であります。悪魔はたくさんの人が生まれてもかまわない。原罪を持った人間が、何万人、何億人、何兆人になろうと世界は絶対に変わらない。そして、霊界も地獄圏は変わらないんだと。一番恐るべきものは、罪なく生まれる神様の独り息子、独り娘、そして、聖婚と真の父母になるという、これは世界の支配をし続けたサタンの最大の恐れでありました。したがって、神様の独り子、独り息子の誕生を阻止する、これはまず第一目的です。しかしながら、もし誕生してしまったら、次は殺害する、これがサタンの目的です。2000年前、神様の独り子であったイエス様は誕生致しました。サタンは33歳にして、この神様の独り子を十字架につけて殺害したわけです。この事によって2000年前できるはずだった地上天国の道は完全に絶たれました。2000年後、文鮮明先生が神様の独り息子として誕生されました。サタンはあらゆる角度において、この文先生の成長を阻害し、命を狙いました。しかし、その様々な謀略と企画は、文鮮明先生の絶対的信仰によって全て打ち砕かれていきました。となれば、サタンの目的はただ一つ、文先生が十字架にかからず、生涯独身で全うして、ついに真の父母になれなかったと、そうなった場合、原罪を背負った人は一人も救えません。となりますと、サタンの最大目的は、神様の独り娘を誕生させない、もし誕生したなら即座に殺害するということになります。出産、誕生される。そして、誕生から1歳、2歳、3歳と育っていかれ、これ自体サタンとの闘いであり、そして、奇跡なのです。この意味において「平和の母」を読みますと、出産直後の模様は克明に書かれております。産んだお母さんに対して、サタンは霊的にこれを攻撃し、こう言っております。この子は非常に危険な子である。サタンにとって、そして、この子がいると世の中が潰れてしまう、つまり、サタンによって構築されたこの世界が崩壊してしまうんだと。だから早く葬り去らなくてはいけない、つまり、殺害するということなのです。こういう霊的な圧迫、攻撃が相当ありました。これを韓鶴子夫人のお母様は、天に対する絶対信仰で越えていかれたのです。韓鶴子夫人は、この「平和の母」を通しながら、ご自分のお母さんの証をしております。命をかけて守ると、絶対にサタンに勝つという、常にサタンよ立ち去れ、こう言い続けました。また祖母の方、そして、お母さん、この二人が、天の父母様に対する絶対的な信仰により生まれた韓鶴子夫人を命を懸けて守りました。その時、非常に重要な点は、こういう教えを生まれたばかりの、あるいは育っていくお母様に心臓のところに刻み込んだのは、あなたは神様の娘だと、神様の娘なんだと、あなたのお父さんは神様なんだと、これをしっかり刻み込まれたことです。これが生涯、韓鶴子夫人、お母様の信念となりました。私のお父さんは神様なんだと、第1の奇跡、誕生であります。そして、育ったということです。
 では第2番目の奇跡、これは北朝鮮を脱出できたこと。そして、朝鮮戦争の大混乱とこの動乱を命を持って越えたということです。このサタンの立場からすると、お母様を絶対に北朝鮮から出したくなかったはずです。北朝鮮にずっと拘束しておけば、いつでも支配し、殺害し、自分の思い通りに扱えました。しかし、北朝鮮から出られてしまうと、これは簡単に主管できないし、重要なことは、やがて南に行く文鮮明先生と出会えるということであります。すると聖婚の道が開かれます。サタンの立場から見れば北朝鮮から渡したくありませんでした。「平和の母」を読むと、まさにこの歩みは間一髪、死との隣り合わせ、奇跡の連続です。様々な葛藤の中で、祖母、お母さんは南に行こうと心を定め、そして、三十八度線に向かって移動します。安州(アンジュ)から三十八度線までは200kmあると書かれております。これを3人でとぼとぼとぼとぼと非常に困難な凸凹道を歩いて向かったわけです。やがて三十八度線が近づいてきました。そこで北朝鮮の人民軍に捕まったのです。万事休す。そして、一見の納屋に閉じ込められてしまいました。もし、この納屋に閉じ込められ続け、そして、固定されたら、もはや南行くことはできません。幼かった韓鶴子夫人はこの4歳の頃、この納屋から食べ物を持って歩哨という形で外で非常に寒い時に震えながら歩哨していた人民軍に食べ物を与えたのです。歩哨する人民軍は寒かったし、凍えていました。そういう中で、とっても可愛らしい女の子が、温かい食べ物を持ってきてくれると、泣いたと思います、感動したと思います。そして、その愛の食物を彼は食べました。これを続けたのです。人民軍の心は、この食事の愛で解けました。そこで、おばあちゃん、お母さん、お母様3人は解放されたのです。そして、三十八度線を越えられました。しかし、この真っ暗闇の中で三十八度線越えた時、当然草むらは動きます。南側で南の兵士たちは、銃を構えて危険な人間が三十八度線を越えたら銃撃する準備をしていたのです。もし草むらから人の影が出てきたら、銃殺された可能性もあったのです。この時、韓鶴子人は韓国の歌をきれいに歌いました。もし北朝鮮の歌を歌っていたら銃撃されたでしょう。しかし、南の歌を綺麗な幼い声で歌ったのです。夜の中、深々とした中で、三十八度線を越えた中で、綺麗な可愛い声が聞こえました。その声の波動が、銃を構えていた南軍の兵士たちの心を打ちました。彼らは駆け寄ってきて、そして、本当に可愛いこの子を見て感動しました。そして、旅費をくださって、道を教え、そして、解放されたのです。こうして三十八度線を越えることができました。さあソウルに入ると何にもありません。混乱だけです。持っていた食料は尽きていきます。貧困と空腹、ひょっとすると餓死という危機がありました。しかし、神様の奇跡的な役事によって、おじさんと出会うことができました。そして、おじさんは南の兵士だったのです。この事が、実は決定的な命を救う道になります。やがて朝鮮戦争が始まります。北朝鮮軍は、怒涛のごとく進撃し、一気にソウルを占領に入ります。この時、韓国軍は漢江という、この川にかかった橋を爆破しようとしました。一旦家から逃げようとした祖母とお母さんと韓鶴子夫人、逃げながらおばあちゃんはふっとひらめきがきたのです。天の役事というものはひらめきから来ます。もう一度家に戻ろう。そうしないとおじさんが迎えに来るかもしれないというひらめきが来たのです。これが重要でした。直ちにそのひらめきに基づき、3人は元の家に戻り待機していました。そこにおじさんが来たのです。ジープに乗り、そして、警笛を鳴らし、大混乱する群衆の間を、脇を通り、漢江を渡ります、大橋を渡りました。その直後、漢江はドーーンと爆破されたのです。「平和の母」では数メートル先だと言いました。もし橋の上にいたら、その時、3人の命は瞬間的に消えます。数メートルの差、数秒の差でした。助かりました。こうして韓鶴子夫人は命を保つことができたのです。サタン側にすれば、殺害に失敗しました。第2の奇跡は、北朝鮮の脱出と朝鮮戦争の困難を越えたということです。
 第3番目の奇跡、これは、この神様の摂理における最大の奇跡の中の奇跡です。それはお父様との聖婚が勝利したということなのです。真の父母の道が開けたということです。これがない限り、真の父母が成立しない限り、原罪清算をして、人類の救いの道は開かれません。この文鮮明先生、韓鶴子夫人の聖婚が成立したという、これは奇跡中の奇跡であります。お母さんの絶対的な信仰、再臨主に会いたい、出会いたい、この熱意と熱情、それが成就し、文鮮明先生、再臨主と出会う。そして、そこに献身的に仕える、この前提によって韓鶴子夫人は文鮮明先生と14歳の時に会いました。初めて会った時、文鮮明先生は、つぶやいたと記録されています。韓鶴子が韓国に生まれたと、感動的に呟いたと記録され、3回語ったと言われます。そして、神様に深く祈りました。天の父母様感謝します。韓鶴子という素晴らしい女性を与えてくださってありがとうございます。そして、この14歳だった韓鶴子夫人に向かい、これから大きな犠牲をするんだねと語られたと記録されています。この言葉は生涯、今もお母様の心の中に残っています。そして、「平和の母」ではこう言われています。「平和の母」の別名は犠牲です、と言われております。平和の母は犠牲なんだと、神様のために犠牲になる、文鮮明先生のための摂理のために犠牲になる、罪ある人類のために犠牲になる、全て自分を持たない、そういう生涯の言葉でした。聖婚が成功しました。たくさんいる候補者の中で、文鮮明先生40才となれば、30代、20代後半の候補者はたくさんいましたが、韓鶴子夫人は霊的感性で、ご自分が花嫁になると悟られていました。「平和の母」を見ると、非常に感動的なのは、気づいていながら、一言も主張しなかった。私ですと、言えませんでした。これはすごいことなんだと思いました。私こそ、と言いませんでした。ただ深く祈りながら待ちました。そして、文鮮明先生、お父様はお母様をお選びになり、そして、御聖婚は成立します。この時、すごいなと思ったのは、この時お母様が決意したことは決して良い夫婦関係が結ばれますように、幸せになれますようにと全く祈っておりません。お母様の生涯は誓いの連続です。誓う連続なのです。そして、最初に生涯をかけて誓ったのは、この御聖婚の直前でした。こう書かれています。どんなに苦労しても、どんなに困難なことがあっても、私の代で神様の復帰摂理を終わらせますと、どんな困難があっても私の代で神様の摂理を完結させます。こういう決意と誓いをして御聖婚式に臨まれました。第3の奇跡は、聖婚の勝利です。
 そして、第4番目、これは14人のご子女様を出産されたということであります。1人、2人、3人、4人、5人、出産することでもお母さんの苦労は大変なことであります。お母様は決意していました。14人、天命として思い、深く心に刻んでおりました。死の峠を何度越えても、死の苦痛を幾度越えても勝利すると、この決意を持たれていました。当時の教会は貧しく食べ物も豊かではありません。その豊かでない貧しい部屋の一角で5人のお子さんを出産されました。6人目以降が病院でした。4回帝王切開をされました。3回目は医者は止めました。医者は止めて責任を持てないとも言ったようであります。しかし、韓鶴子夫人は決意し、これに臨みました。今でも冷たいシャワーを浴びることはできないと「平和の母」には記録されているのは、その時の傷の痛みが来るからなんだと書かれています。こうして第4番目、韓鶴子夫人は14人の子女誕生することを勝利いたしました。第4番目の奇跡であります。
 そして、第5番目と第6番目は心情的な勝利です。この5番目は、愛の減少感を克服させて克服した、ということでした。サタンはなぜサタンになったのか。寂しさを越えることができなかったからです。愛されてないという底損までくる孤独と寂しさに耐えられませんでした。人間の持つ最も切ない世界、愛されていないという情感を感じる時です。しかも一番愛してほしいという人から愛されないと感じた時、心はくじけ、曲がり、そして、ねじれます。恨みやさまざまな情念が湧きます。サタンはこれに負けました。お母様が、お父様の奥様になられた時、たくさんの人が嫉妬し、妬んでいました。なぜあの人が、どうしてあの年で、私がなるべきではないか、なんかの間違いではないか、と思った方もいらっしゃったと思います。したがって、お母様の周囲には、たくさんの妬みや恨みという複雑な情念と寂しさが渦巻いていました。もしこの時、お母様が、私は主の花嫁で妻です、とこういう態度、これらの切ない悲しい寂しい人たちにあからさまにとったなら、反発され、毛嫌いされ、何かが起こったでしょう。そしてまた、神様と文鮮明先生は、この時期お母様を試練したのです。すなわち無視、あるいは怒られたこともあります。周囲の人から見て、あそこまでされなくてもいいのではないか、と思うほどお父様はお母様を冷たくあしらった時もあるようであります。この大きな試練、私を思い切って愛するはずの人から愛されないという情感と私を見て深く嫉妬、妬みをする寂しい人たち、この愛の減少感を越えさせ、自らも越えるという、この愛の勝利をなされない限り、主の花嫁の位置を勝利することはできませんでした。韓鶴子夫人は全てを越えました。謙遜、柔和、自分を下げる、そして、侍る、仕える、謙遜になる、その姿勢を貫き、そして、どのようにお父様から扱われようと、どのように神様から扱われようと、天の父母様に対する、お父様に対する、絶対的な信頼と信仰を1mmも失いませんでした。「平和の母」にはこの試練を越えた時、文鮮明先生と私は目と目を見つめ合うだけで分かり合う関係になりました、と書いてあります。そして、このように「平和の母」では書かれています。多くの方は、主の花嫁として、とっても楽な道、幸せな道、栄光の道を歩んだというように思っている人がいるかもしれませんが、全く違います。多くの試練、多くの辛い苦労、地獄のどん底まで私は味わいました。だから人の心の内面がわかるのです。辛い道、切ない道を通過してない限り、人の心のひだは理解できないし、天国の喜びを味わうことはできません。忍耐という苦い金が、光り輝く輝きに変わるんだとおっしゃっています。忍耐、そして、努力、繰り返して語られるお母様のみ言はとても深い内容があります。こうして、この第5番目の愛の減少感を克服し、第6番目の愛の奇跡、それはどんなに困難な時でもためらわずに与えたという愛の奇跡です。一般的に、もし非常に高い位置にいたなら、人から侍られること、支えられること、人から尽くされること、それは当然だと思い、あまり尽くさない人はいるかもしれません。しかし、韓鶴子夫人はそうしませんでした。たえず与える、たえず尽くす、そして、自分の持っている尊いもの貴重なものをためらわずに与えるという、愛することに葛藤しない、ためらわない、文鮮明先生が御聖婚式の時に結婚の指輪、十分なものを買ってあげられなかったということで、オランダに行った時、結婚指輪を買われ、それをお母様に渡されたと書かれていますが、それさえもお母様は誰かにプレゼントしてそれを覚えておりません。与えたことを忘れると言う、ために生きて忘れる、これを文鮮明先生のこの教えを一番実践したのはお母様でした。このようにして愛の実践の勝利というもの、これが第6番目なのです。
 では第7番目の奇跡、これは御聖婚以来、長い歳月、お父様を支え、時にはお母様が前面に出て、世界の基盤は地球の果てまで行きました。そして、ついにお父様は93歳を一期として聖和されました。第7番目は、聖和に際するお母様の中断なき前進です。これは7番目の奇跡であります。最愛のご主人、大黒柱、そればかりでありません。世界中の食口から文鮮明先生、お父様と言われ、支柱となり、柱となっていたその方が、天に召される、聖和する最大のショックです。その一番の緊迫したショックはお母様だったに違いありません。この時、もし、よく一般の家庭にあるように、最愛の夫がお亡くなりになった時、もう全てを失ったと、愛すれば愛するほどその人がいなくなった、もうこれだけで力を失い、落ち込み、もう何にもできなくなります。もしそうなったら摂理は止まりました。この時、神様の摂理とその運気を1mmも崩さない、前進する、これは全てお母様の決断にかかっていました。この時、お母様は、躊躇せずこう言われました。中断なき前進、中断すれば敗北する、中断せずに前進し続けてこそ勝利の道に至る、中断なき前進と宣言されました。これで摂理は決まりました。お母様は、お父様の聖体を前にしてこう誓ったと「平和の母」に書かれています。お父様の聖体の前に、私は命が尽きるまでに必ず天国を実現します。私の命が尽きるまでに天一国をこの地上に成就します、とお父様の聖体の前で決意されたと書かれています。こうして中断なき前進は、大飛躍という形でお父様の聖和後始まりました。
 第8番目の奇跡、宗教者の結束が始まりました。韓鶴子夫人は、この「平和の母」に記されている、幾度も出ている文言の中で、神様の悲しみは、宗教者がバラバラになること、ひとつになれないこと、戦い合うこと、これが神様の一番の悲しみなので、私は母としてこの宗教を一つにする、宗教者をまとめていく、母の親和力でまとめるんだとこう誓っております。それが2019年、早い速度で成就していきます。南アフリカ、ジンバブエ、ここの数百万人を指導するキリスト教、あるいは霊的復興の宗教者の指導者たちが韓鶴子夫人を私のお母さんとして受け入れ、あなたの息子だと宣言し、そして、数万、数十万そういう信徒を祝福してきました。今まではあり得なかったことです。こういう事態が起きました。したがって、第8番目の奇跡は宗教者の結束と宗教団体まるごと祝福というこの道が開かれたということです。
 第9番目、神様の切なる願い、お父様の夢、それは国家復帰です。地上のどこかの国の主権者が、国として最高主権者として、御父母様を自らの国の父母として歓迎して迎えると言う、これが2019年勝利できました。これはサントメプリンシペです。サントメプリンシペのカルヴァリオ大統領、彼はこう言いました、私は真のお母様の息子です、そして、私の国はあなたの国です、お母様、この国はあなたの家です、と言いました。そして、あなたの国です、とさらに言いました。我が国は地上における天一国のモデルとなります、とはっきり宣言しました。この第一声と言葉を聞くために神様の数千、数千万年の歴史がありました。お父様の全生涯もそこにありました。それが2019年12月に勝利され、多くの国々が大統領、主権者が御父母様を迎え、お母様の息子と言い、そして、国家的なレベルでも祝福を国主催で始めました。これが第9番目の奇跡であります。この土台のもとに、2020年2月に天一国安着の宣言がなされました。これはすごい宣言です。宣布というのはサタンが脱帽し、その宣布に対して頭を下げ、何にも言うことができない、一切の讒訴条件がない、という実績の背景がない限り宣布はできません。はっきりと天一国は安着したと、あとは拡大だけである、こういう道が宣布されました。
 さて第10番目の奇跡、これはお母様の自叙伝「平和の母」が出版されたということです。これが第10番目の奇跡であります。人類はお父様の「平和を愛する世界人」という自叙伝とお母様の「平和の母」という自叙伝とこの二つを見ることができます。真の父、真の母の自叙伝が全人類、地球上に出版されました。とりわけ、お母様の自叙伝は、神様の独り娘、そして、真の母、その勝利の記録です。お母様は神様の創造の傑作であります。そして、文鮮明先生の全生涯の傑作です。様々な事業がなされ、多くのことを成された文鮮明先生、真のお父様の完全投入された最大の傑作はお母様です。すなわち完全瓜二つの分身をお作りになられ、そして、あたかも肉親でお父様が生きているが如く、お母様の肉体と一つになり、天の意向、お父様の意向をそのごとく前進させるという、このお母様が自叙伝を出版されたということ、これは偉大な奇跡であり、この出版「平和の母」は人類にもたらされたということ、これは、奇跡中の奇跡であり、サタンの立場にしてみれば一番嫌な本であり、怖がる本であり、出版されたくない本なのです。「平和の母」これには神様の涙、汗、真のお父様の涙、愛の結晶がすべてここに投入され、滲まされています。そして、お母様の奇跡の生涯の汗と涙、母の慟哭と涙がこの本に込められています。この「平和の母」を読むことにより、私どもは魂が揺れ動き、覚醒し、そして、母に出会い、そして、生まれ変われます。是非、皆様がこの「平和の母」を深く熟読され、大きな大飛躍を成されますことを祈願して私の講話にしたいと思います。ではどうもありがとうございました。

【 穏やかな笑顔を忘れず人生の峠を越える 】
 興進は、年を越えた一九八四年一月二日の早朝、天の国へと旅立ちました。ちょうど一月まえに十七歳の誕生日を迎えたばかりでした。育てた子供を先に送り出す妻の悲しみは筆舌につくしがたいものでしたが、声を出して泣くどころか涙さえ流すことができませんでした。私たちは霊魂の世界を知っています。人の霊魂は命を失ったからといって埃のように消えてしまうものではなく、霊魂の世界に行きます。しかし、愛する子供ともはやこの世で会うことも触れることもできないということは、親として耐えがたい苦痛です。思いどおりに泣くこともできなかった妻は、興進を乗せた霊柩車を何度も撫でていました。このような大きな苦労を経験するたびに心に衝撃を受けたはずですが、妻はよく乗り越えてくれました。いくら困難で大変な状況の中でも、妻は穏やかな笑顔を忘れずに人生の峠を越えてきました。信徒たちが子供の問題で妻に相談に来ると、妻は笑顔で答えます。「待ってあげましょう。子供たちが道に迷うのは一時のことで、いつか過ぎ去ります。子供たちが何をしても、絶えず抱き締めるような気持ちで愛してあげながら、あとは待ちましょう。子供たちは必ず両親の愛の懐の中に戻ってきます」。(平和を愛する世界人として P211~212)

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