【文鮮明先生自叙伝書写会】

天一国六年天暦7月30日(陽暦2018年9月10日(月))

八王子生涯学習センター(クリエイトホール5階)ホールにて文鮮明先生自叙伝書写会を開催しました。エンターテイメント、書写の証がありました。今回の書写の証は、映像で視聴しました。「書写を通して心が変わり、周囲の人が変わり、体の病が治る」という感動的な証でした。
今月のみ言「誰にも心を開いて、愛情をもって接する」を全体で唱和し、浅川勇男先生の講話になりました。
「今日の証を中心として天運を引き寄せる生活習慣というお話をしたいと思います。
八方ふさがりという言葉があります。幸せになる道がどこにもないということです。この方は、幸せになるためにどん底に落ちています。そして、この方は再婚していまして4人の子供がいます。
彼女は4人のお子さんがいながらご主人の妻になりたいと再度の幸せを求めて結婚したいと思いました。ですから、この4人の子供は自分のお腹から生まれてきたのではありません。しかし、この4人のお母さんになろうとしました。
ご主人は再婚後、10か月後に重病で亡くなりました。これからどう生きて行くのかという選択です。
子供たちは「お母さん、一緒に住もう」と言いました。しかし、生活がかかっていたので、即答できませんでした。1日3つの仕事を掛け持ちして何とか生きて行く状態、子供の授業料、生活費はどうするのかということです。
児童相談所にも相談しました。しかし、よく考えてくださいという答えだけでした。責任を持った回答がなかったため、自分はどう生きるべきか考えました。
そのような中、自叙伝書写の紹介をされたのです。”人を救ってわが身助かる”ということなのです。それが原理なのです。自叙伝書写を通して、人生が変わる人がいます。
自叙伝を渡した方は、児童相談所でも責任を以て言えなかったことであるが、真の父母の存在を教えてあげることが、根本問題を解決してあげられると信じました。そして自叙伝を渡しました。そして、毎日、書写して報謝してくださいと伝えました。
報謝とは、今日使うお金の一部を感謝の気持ちを通して神様に捧げるということです。彼女は、毎日の生活が苦しい中で、毎日の報謝を捧げ続けました。普通、彼女のように追い詰められたら神様信じなくなるものです。恨みになるものです。しかし彼女は続けました。それに神様が感動したのです。
その自叙伝書写の積み重ねによって、子供たち4人を自分の子供として育てようと決意しました。その思いに感動したのは霊界にいかれた夫だったのだと思います。その苦しい状況は夫が一番わかるからです。
夫は慟哭したに違いありません。ですから夫は、子供たちを守ろうと、幸せにしようと思ったに違いありません。
彼女の苦しみは仕事をしているからだけではありませんでした。母から虐待された恨みがありました。それが体を蝕み、筋腫として病気に現れていました。その虐待は、人に言えないくらいの内容だったそうです。
そのような中で素直に育ったのはおばあちゃんのお陰だったといいます。祖父母という存在は神様の立場だと、文先生は指導しています。
神様は世界の中で最も年寄りだといいます。祖父母は、ただ愛するだけであり、ただ許すだけであります。それが神様の愛なのです。3世代円満家庭にならなければ幸福にならないという原則があります。
彼女は祖母の愛によって救われました。書写を勧められたときに、そんなもので幸せになれるわけがないという思いであれば、変われなかったと思います。素直さが人生を変えたのです。
書写の奉納の日は神様に出会う日だとして、続けていきました。そして、彼女の道は大きく開かれました。子供たち4人は、母の愛によって素直に育ちました。長男は母の姿を見て介護士になりました。
4人の子供を捨てるか捨てないかという選択から、子供を自分の子供として育てる決断をし、虐待し続けた母をそれでも母だと思って愛していきました。その瞬間、筋腫がとれたのです。心の病が治ったとき体の病も治ったのです。
私たちの心が変わって、その変わった心に接した人がまた変わるのです。そのようにして母の心が変わったのです。私の心が変わることによって、周囲の人が変わり、体の病が治るという証が多いのです。
私の心を自分自身で変えることは困難です。変えるには、真っ白な心の人に触れなければ変わりません。真理に沿って生きて不幸になり、神様と共に生きて牢獄に入れられ、不幸に思えるどん底を味わった方です。
そのような境遇になれば、神様に恨みをもつことでしょう。それでも、神様は愛であると言われた方が文先生です。
神様、人間をどこまでも信じるという訓練を行える場所が刑務所だとおっしゃいました。
どこにいても天国を作り出すのが真の父母です。そのように誰に対しても心を開いて天国を作っていくかが今日のテーマとなっています。
書くということは、その言葉通りの”自分になる”ということです。それが祈願成就です。と語られました
全体で書写の実践をした後、「愛の架け橋」を讃美し、最後に浅川先生が祝祷され閉会しました。

 

【 誰にも心を開いて、愛情をもって接する 】

 監獄暮らしといっても特に恐ろしくはありませんでした。経験があったからでしょうか。その 上また、私は監房長と親しくなるのが上手です。 二言三言話をすれば、どんな監房長でもすぐに友達になってしまいます。誰とでも友達になれるし、愛する心があれば誰でも心を開くようになっています。
 数日経つと、一番隅っこに座っている私を、 監房長が上の場所に引っ張ってくれました。便器のそばのとても狭い隅っここそ私が一番好む場所なのに、しきりにもっと良い場所に座れと言ってきます。いくら嫌だと言ってもどうしようもないことでした。
 監房長と親しくなったら、今度は監房の住人を一人一人調べてみます。人の顔はその人の何もかもを物語ってくれます。「ああ、あなたはこうだからこのような人であり、あなたはああだからあのような人である」と言って話を始めれば、誰もが驚きました。初めて会った私が心の中を言い当てるので、内心は嫌っても認めざるを得ません。
 誰であっても心を開いて愛情をもって接するので、監房でも友人ができ、殺人犯とも親しくなりました。やるせない監獄暮らしだったとはいえ、私には私なりに意味のある鍛錬期間でした。この世の中に意味のない試練はありません。(自叙伝101ページ)

 

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