天一国月曜礼拝のみ言(陽暦2023年1月23日)
【 礼拝のみ言 】
天一国十年天暦1月2日(陽暦2023年1月23日)
説教タイトル:「 心情の動機 」
説教者:鄭 東洙 教区長
<御言葉の訓読>
時には、私自身も前が真っ暗な障壁にぶつかるときが多かったのです。その度に、神様は死んでいなかったとおっしゃったその声が、私の骨身にまだしみているのを、皆さんは分からないでしょう。私を呼んで下さった神様の切ない事情を私は忘れませんでした。神様が、’お前は私だけを知っていなければならず、私を忘れてはならない’と仰っしゃられたみ言を、私は忘れることができません。
(28-296-297.50回御聖誕日1970.2.11)
愛なく完成することはできません
私が受難を受けるとき、その谷間を探して来られた神様の心情を思いながら祈祷しなければなりません。祈祷はそのようにするのです。先生は祈祷するとき、そのような祈祷をします。私が寂しいとき神様が心情的理由を持って、ある一時に私を神様の心情に連結しなければならないことを思いながら、昔に対する連想を今日の時点に連結させるのです。
心情の世界は時間圏を超越します。6.25動乱のとき本当に苦労した人なら、今もその時の話をすれば涙をざあざあと流さなければならないのです。ほんとうに悔しい人ならそうでしょう。また愛する息子を持つ父母は老いて死ぬときまでも自分の息子を思えば涙が出るのです。
み言選集33巻p91.1970年8月9日
祈りでずっと夜を過ごした後、明け方になってイエス様が私の前に現れました。風のように忽然と現れたイエス様は、「苦しんでいる人類のゆえに、神様はあまりにも悲しんでおられます。地上で天の御旨に対する特別な使命を果たしなさい」と語られたのです。その日、私は悲しい顔のイエス様をはっきりと見、その声をはっきりと聞きました。イエス様が現れた時、私の体はヤマナラシの木が震えるように激しく震えました。その場で今すぐ死んでしまうのではないかと思われるほどの恐れ、そして胸が張り裂けるような感激が一度に襲いました。イエス様は、私がやるべきことをはっきりとお話になりました。苦しんでいる人類を救い、神様を喜ばしてさしあげなさい、という驚くべきみ言でした。「私にはできません。どうやってそれをするのでしょうか。そんなにも重大な任務を私に下されるのですか」本当に恐ろしくてたまらず、何とか辞退しようとして、私はイエス様の服の裾をつかんで泣き続けました。
胸が痛ければ痛いほどひたむきに愛せ
私は非常に激しく混乱しました。両親にも打ち明けられず、かといって、心の中にぎゅっとしまい込んでおくわけにもいかない大きな秘密を抱えてしまったのです。どうしていいか分からず、途方に暮れました。明らかなことは、私が天から特別な任務を託されたという事実です。しかし、一人でやり遂げるにはあまりにも大きな責任でした。しかもその内容たるや驚くべきものがありました。到底自分には果たし得ないと思って、不安と恐怖におののく毎日でした。混乱した心を何とかしようと、以前にもまして祈りにすがりつきましたが、それすら役に立ちません。いくら努力しようとも、イエス様に会った記憶から少しも逃れられなかったのです。泣き出したい気持ちをどうすることもできなくて、私はその恐れを詩に書きました。
平和を愛する世界人としてp62
| <教会行事案内> |
| ○天一国日曜礼拝 |
|
日時:1月29日(日)開会:10:00 |
| 場所:大聖殿、インターネット中継 |


