天一国日曜礼拝のみ言(陽暦2023年1月8日)
【 礼拝のみ言 】
天一国十年天暦12月17日(陽暦2023年1月8日)
説教タイトル:「 患難の中で、忠節の心情を持つ真の息子娘 」
説教者:鄭 東洙 教区長
<御言葉の訓読>
神様は終わりの日になれば、人類の前に七年の大患難があるだろうと予告されました。この患難時期は六千年の歴史路程において、天の悲しい曲折が聖徒にぶつかる時です。人間の絆がみな壊れていき、信じられない環境にぶつかる時です。自分がどんなに良心的に正しく生きたとしても、その良心で自らの生涯を主張できない時です。み旨を抱き、考えのある者であればあるほど、眺めるあちこちに苦痛を感じる時です。そのような時が、終わりの日の七年大患難の時です。
その時は、希望が揺れる時であり、私たちが信じている信仰の中心が揺れる時であり、信じて従った指導者が揺れる時です。主義はもちろん、宗教、良心、父母の心情までもすべて揺れる時です。
では、神様はなぜそのような世の中をつくっておかなければならないのでしょうか?それは真の神様、歴史的に苦労した神様と同参したという価値を与えるためです。神様は六千年間数多くの惨状を見てきましたし、数多くの曲折を受けられたので、終わりの日においては良心とか、主義とか、信仰ということをもって中心を立てることのできない環境にぶつかるようにするのです。そのような患難の中でも「神様を愛する」と言う、そのような難しい場でも「神様と共に生きる」と言い得る真の息子、娘を探すために、そのような時が来るというのです。
進む道がふさがったと落胆しないでください。この国が乱れると気落ちしないでください。神様は死んではいません。この世界がどんなに乱れても、気落ちしないでください。神様は死んではいません。神様は必ず訪ねてこられます。すべてが動揺しても、天に対する一片丹心だけは動揺させないでください。天に対する忠節の心情だけは動揺させないでください。天を頼って仰ぐ希望の心だけは変わらないでください。その心を変えようとするために、神様が皆さんをいかなる苦痛の場に追い込んだとしても、その場で父を呼ぶことができる心をもたなければなりません。いかなる場に落ちても、その場で天の心情のひもをつかんで上がろうと努力しなければなりません。地獄に落ちる苦痛を感じる恨があったとしても、父と共に参与する立場に立って父の苦痛を私が思いやって、その父は私の苦痛を察してくれることを信じて、そのような場でも行くという責任と義務を感じていくならば、皆さんは滅びないでしょう。
1.み言選集第11巻13p(1961年2月12日(日)、前本部教会)
しかしヨナは主の前を離れてタルシシへのがれようと、立ってヨッパに下って行った。ところがちょうど、タルシシへ行く船があったので、船賃を払い、主の前を離れて、人々と共にタルシシへ行こうと船に乗った。
聖書:ヨナ書1章3節)
| <教会行事案内> |
| ○天一国日曜礼拝 |
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日時:1月15日(日)開会:10:00 |
| 場所:大聖殿、インターネット中継 |

