【礼拝のみ言】

天一国元年天暦7月26日(陽暦2013年9月1日)

説教タイトル:「 我々は天の最高の人材 」
 選民ならば、彼らは、神様がいかなるお方かを知り、いかなる目的のために自分たちを立てられたのかを、はっきりと知らなければなりませんでした。そのようにして、いかなる苦難に直面しても、いかなる患難が迫ってきたとしても、それを貫かなければならなかったのです。このようなことが、当時のイスラエル民族の取るべき態度であり、神様に対する心的基準でした。
 しかし、選民であることを誇ったイスラエル民族は、歴史路程において神様に多くの罪を犯しました。もちろん、その時代に対する犯罪よりも、その時代を動かしている神様の心情に対する犯罪のほうが大きかったということを、まず私たちは知らなければなりません。
それでは、神様が人間を復帰するには、何から復帰しなければならないのでしょうか。願いも願いですが、事情、さらには心情を復帰しなければなりません。切っても切ることができず、分けても分けることができない心情の世界を復帰しなければなりません。ですから、今まで神様は、心情の基台を広めるために、その1日を見つめながら、歴史の峠ごとに背後で苦労してこられたのです。今日、私たちは、このような事実を知らなければならないのであり、これを知らなかった先祖に対しては、公憤の心情を抱いて抗議しなければなりません。
私たちが様々な事情に絡んだ生活環境で暮らしているとしても、それは結局、すべて過ぎ去ってしまうものです。いくら「地上で幸福な生涯を生きた」と言って自らの栄華を謳歌する者がいたとしても、それはすべて過ぎ去ってしまうのです。
しかし、何かの使命をもって生涯を生きた人ならば、その人には残るものがあります。それは何でしょうか。事情ではなく、事情を支配し得る心情です。この心情が歴史を支配し、民族精神を鼓吹させ、思想を連結させていくのだという事実を、私たちは否定することができません。(9-337, 1959.6.21)
今まで神様が働いてこられたとすれば、それは、人間を救援し、御自身のみ旨を成すためです。神様のみ旨とは、神様の国を成し遂げることです。それゆえに、その国の民となることができ、その国の息子、娘となることができ、御自身の側にいることができる人を育ててこられるということは、間違いないというのです。
神様は、どこに国を建てようとしていらっしゃるのでしょうか。霊界に建てようとしていらっしゃるのではありません。正にこの地に地上天国を建てようとしていらっしゃるのです。それでは、この地に立てられ、神様の国の民となれる資格者とは誰でしょうか。それが、正に皆さんです。皆さんは、天国を建国するための中心です。

天聖経「天一国主人の生活」第四章 天一国の民となる道 三、天一国の民の態度と資格 より