天一国日曜礼拝のみ言(陽暦2019年9月29日)

【 礼拝のみ言 】

天一国七年天暦9月1日(陽暦2019年9月29日)

説教タイトル:「 天の父母様を喜ばせよう 」
説教者:鄭東洙 教区長
 モーセの荒野での生活は大変でした。神様はイスラエルの百万人の人々が生きるようにしてくださいました。イスラエル民族が行くために恵みを与えてくださいました。イスラエル民族はどこに行くかわからない時に天の道が見えました。イスラエル民族は、40年間定着できなかったので靴も衣類もありませんでしたが、神様が与えてくださった恩恵に感謝しながら歩んでいきました。
神様はイスラエル民族がカナンの地に入る前に信仰的に立ち上がって入ってほしかったのです。カナンの地はお金と現実を見てしまうので、神様を離れることを心配していました。神様の資格を持って、カナンの地の人々に影響を与え、神様に喜ばれる人になりなさいと言う天のメッセージがイスラエル民族の中にありました。
皆様の中に神様の為に努力してるのになぜ困難な道、不幸な道なのでしょうかという人もいますね。天が何かしてくだされば行うというのであれば、それは自分中心の基準です。豊かさを与えられなかったとしても、喜びながら祝福の人として生きていきなさいというのが天のメッセージであります。様々な環境に支配されながら生きているのでしょうか。
祝福と災いという話があります。大変な環境の中で 不平不満せずに喜んでいく生活をしていくことが神霊の回復であります。神様が施してくださった恩恵と祝福に感謝していますでしょうか。家族を愛するよりも神様を愛することが信仰の目的であります。神様を喜ばせる人になりましょう。
アブラハムが100歳の時にイサクを授かりました。子供を諦めていた夫婦に子供が授かったらどれほどの喜びでしょうか。アブラハムはどれほど喜んだのでしょうか。そのようなアブラハムに神様はイサクを献祭しなさいと言いました。正しい霊性を回復して欲しいということが神様の願いであります。神様はいつもアブラハムと共にいたかったのであります。アブラハムに祝福を与えると言いながら、子供を献祭しなさいと言いました。アブラハムに神様だけを見て喜ぶことが出来るかということの確認でありました。神様を喜ばせる以外に目的はありません。この世の人と同じ様に生きていて神様は祝福を与えたいと思うのでしょうか。
お金を設けて神様のために喜ばせてあげたいと思う人もいるかもしれません。地位や名誉を得て神様を喜ばせてあげたいという人もいます。しかし、神様と共にいるということが目的とならなくてはいけません。ルカ福音書の15章を見ると家を出ていった放蕩息子の話があります。また家を出ていない放蕩息子の話があります。お金を持っていった弟が帰って来た時にお父さんはご馳走をあげました。それを見てお兄さんは喜びませんでした。それは神様と共に生きているのに喜んでいないということであります。それがここで言う放蕩息子の定義であります。皆様、神様の前にごますりをしていませんか。放蕩息子、娘のような人生を送っていませんでしょうか。
一生懸命歩みながらも神様が同行しているのでしょうか。神霊と霊性を失ってしまったことで泣いて祈祷する人はいるのでしょうか。それがなければ放蕩息子、娘かもしれません。
お母様が北朝鮮と連結して大会をしています。御父母様のことを考えて生活しているでしょうか。多くの人々が、自分の生活のことですがっていないでしょうか。神様よりも他のものを好きになってしまったことが放蕩息子、娘なのです。その様に生きていませんか。カナンの地に入る時に神霊と霊性を回復しなければいけません。神様との関係を回復していくことが人生の目的であります。
ゼルバベルの聖殿をヘロデ王が修復していきました。ヘロデ王はエソウの後孫です。エドム人です。ユダヤ人はヤコブの後孫です。ヘロデが王になったということは異例です。ですからそのことでヘロデ王は悩んでいました。そこでヘロデ王が、イスラエル民族の心を掴むために聖殿を83年間かけて建てました。神様のためではありません。自分の地位と権力維持のためです。そして、東方の博士がヘロデ王のところに来て、王の王が現れると言ったときヘロデ王は2歳以下の子供を虐殺しました。聖殿をヘロデ王の利益のために建てたので以後壊れたのです。聖殿は信仰で建てるものなのです。権力、名誉で建てるものでありません。
教会に来ることの喜びをもっている方はどれほどいますでしょうか。行かないと何か悪いことがあるかもしれないからと来たのでしょうか。どういう気持ちで来られたのでしょうか。神様と共におられるのでしょうか。
ヨブの人生を見てください。サタンはヨブが神様にごますりが上手だから祝福を与えているのだと言ったことに対して、神様はヨブは私のことが好きだからだといってテストさせました。そしてヨブの環境はどん底になりました。しかし、ヨブは与えてくださった方も神様であり、取っていった方も神様だという信仰をみせました。そして、神様はヨブを祝福しました。
カナンの地は、天一国の地は天と共にいる地です。そこには何もありません。神様と共にある人が実感出来る場所であります。神霊で生きる地がカナンの地であります。天一国の国民となってください。カナンの地に入る路程の中にどのように生きようとしているのでしょうか。神様だけを考えて生きている方が真の御父母様であります。神様を喜ばせる人生を歩んでいきましょう。
<御言葉の訓読>
 総督であるネヘミヤと、祭司であり、学者であるエズラと、民を教えるレビびとたちはすべての民に向かって「この日はあなたがたの神、主の聖なる日です。嘆いたり、泣いたりしてはならない」と言った。すべての民が律法の言葉を聞いて泣いたからである。
そして彼らに言った、「あなたがたは去って、肥えたものを食べ、甘いものを飲みなさい。その備えのないものには分けてやりなさい。この日はわれわれの主の聖なる日です。憂えてはならない。主を喜ぶことはあなたがたの力です」。
レビびともまたすべての民を静めて、「泣くことをやめなさい。この日は聖なる日です。憂えてはならない」と言った。すべての民は去って食い飲みし、また分け与えて、大いに喜んだ。これは彼らが読み聞かされた言葉を悟ったからである。

ネヘミヤ記8章9節~12節

 「神様のために徹底的に狂った方」といえば、表現が上品でないようですが、いくら考えてみても、これ以上もっと正確な言葉で表現する方法がないため、私はあえてこの言葉を使います。 聖書によると、イエス・キリストの最大の戒めのうち、「あなたはあなたの主である神を愛しなさい」という戒めです。 思いを尽くし、精神を尽くし、心を尽くすという言葉を英語で言えば、「All your mind, all your heart, all your soul」、「心と心情と魂をつくしてあなたの主なる神を愛しなさい」というのです。それでは、この言葉を男女が互いに愛するのに適用してみましょう。一人の男性が一人の女性を思いと心と精神を尽くして愛したなら、彼は他に他の仕事ができるような余力があったでしょうか。 また、最近よくある女性がある男性をそのように愛していたなら、よく私たちが言える表現は、その女性はその男性のために狂ったと言うでしょう。
 そのような意味で、私は文鮮明先生は神様を真実に知り、神様の心情を骨身に感じておられる方なので、歴史に誰も従うことができない水準で神様のために狂った方だ」と表現したいのであります。その方は神様と共に働き、血と汗を流しながら、神様と共に来られた一生を生きて来られた方なのです。

朴普煕先生の証―文鮮明先生は誰なのか?

過去の礼拝のみ言

 

教会行事案内
天一国日曜礼拝
日時:10月6日(日)開会:10:00
場所:礼拝堂(山善ビル4階)

 

2019年10月度『孝情清平2日修錬会』の日程 

日程 (陽暦) 帰国日 備考:
毎週1代~430代
先祖解怨式
1週 【2019年10月5日(土)~10月6日(日)】 10/7(月) 修錬会
1~430代先祖祝福式
2週 【2019年10月11日(金)~10月12日(土)】 10/13(日) 修錬会
3週 【2019年10月19日(土)~10月20日(日)】 10/21(月) 修錬会
1~430代先祖祝福式
4週 【2019年10月25日(金)~10月26日(土)】 10/27(日) 修錬会

2019年度 清平修錬会の年間日程案内

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