天一国一般礼拝のみ言(陽暦2019年4月7日)

【 礼拝のみ言 】

天一国七年天暦3月3日(陽暦2019年4月7日)

説教タイトル:「 みなさんの生活に、奇跡は起きていますでしょうか? 」
説教者:鄭東洙 教区長
 愛する食口の皆様、驚く奇跡がある時代に私たちは生きています。しかし皆さんの人生の中で奇跡は起きているでしょうか。私たちが信じてそういう風になることを期待しないといけないです。期待して動かなければなりません。しかし、多くの人は奇跡が起きるということを信じないんですね。まさか私の人生の中にそんなことはありえない。そう思われる人たちもいると思います。
聖書を見るとローマ軍の100人の隊長がいるんですね。死んでいく自分の僕を生かす方法、愛して愛があったから自分の僕も生かしたい。イエス様に出会えばこの僕が生きると思ったんです。イエス様が一言言えばこの僕が生きると思ったんですね。イエス様が一言言ってくれればそういう風に信じてるから奇跡が起きたじゃないですか。
我々の人生の中に天の父母様、真の御父母様が一緒におられることは否定できません。だから、そうするならば奇跡は起きるようになっています。我々が真のご父母様を従う食口であるならば、以前の人生と今の人生は完全に違わないといけないんです。
そうなることが当然であります。しかし真の御父母様に従って生きている人でありながら、考えと行動はそういう風になっているかどうか、我々の信仰とそういう考えと言葉がそのような言葉になっているかということですね。神様を信じる言葉と考えになっているかどうかです。我々の人生の中では、自ら努力する部分もたくさんあります。
奇跡だけ望むということも問題もあります。しかし、問題は奇跡自体を信じないことです。自身の人生の中に奇跡が起きるということを期待もない人たちがいるんです。最近こういう言葉があるんですね。小確幸(しょうかっこう)という言葉があるんです。皆さん聞き慣れていないんですね。小さいけれども確かな幸せ、確実な幸せですよ。例えば、朝、皆様がパン食べられた方もおられると思います。パンを焼いて食べる時にその幸せ。パンの香り柔らかさその感触、その時の幸せ、これが小確幸といいます。小さいけれども確かな幸せという意味であります。
日常生活の中で小さい幸せは必要かもしれません。しかし、これより比較できない真の御父母様と共に生きる人生、摂理の時代に生きてる私たちは、小確幸以上の幸せではないでしょうか。ですから皆様が小確幸だけで満足する人生になったいけませんね。氏族メシア勝利のために活動する中で奇跡が起きているのか。一度この時間チェックして、自分のことを点検して、この礼拝から点検して出発してもらいたいと思います。
説教を準備していきながら、奇跡とは何の奇跡なのかという声がありました。日常の小さな幸せを感じればいいじゃないかと。私のペースで滑走してそれぐらい歩んで行けばいいじゃないかと。そういうことが私の心の中に思い出されました。急に説教が真っ白になって、これをやめようか思いました。しかし、祈祷しながら私は答えが一つありました。
説教すれば説教通りに生きていかないといけない。そのように生きていくならば、そのように説教しなさい。そのように生きているんだったら、そのように説教しなさい。説教すれば説教通りに生きていくこと。私にとってはそれが恐ろしい話でありました。説教者としてどのように生きていかなきゃならないか。
明確なメッセージを私に与えてくださったのであります。そのメッセージをもって、み言を読み、聖書を見ながらですね、見ると真の御父母様の御言葉の中に聖書の中に神様の奇跡が溢れるのです。そうすれば私はどのように説教すればいいかということがもう一度改めてですね、こういう心が届いていくわけであります。
み言がそのように言うんだったら、我々の人生の中でも同じように神様の奇跡が起きるということを説教することが正しいんだと。そういうことを悟りました。そうなんですね。我々の人生に起きるということは、み言はそういうのに、我々の中では奇跡が必要ではない人たちは誰もいません。
この前、二世たちと話す中で胸痛いこともありました。祝福二世、信仰二世、そういう人たちが祝福を受けてから、その家庭だけが大丈夫なんだろうか。どうしたらこの祝福二世、信仰二世の家庭を幸せにしてあげることができるかということです。
こんな二世たちがいっぱいいるんだなと思ってですね、この人たちの家庭に奇跡が必要なんだと、天が触れるしかないと、そういう祈祷が自動的に出るわけであります。
皆様の中でも健康に悩んでいる家庭、経済的に厳しい家庭、さらに子どもの問題、夫婦の問題、どういう風にすればいいかわからない。目に見えない様々な問題を抱えている方は結構らおれると思います。さらに目に見えない所で習慣的に犯している罪の問題。多くの人たちは奇跡が必要です。奇跡が必要ではない人は誰もいません。しかし、皆様の中で奇跡はあるでしょうか。
科学的に検証している方がいます。神様が一人ひとりに奇跡を起こしているということを感じました。奇跡を信じることで起こるものではありません。自分勝手に生きていると天が役事できないので奇跡が起こらないのです。
家庭盟誓の8番に絶対信仰、絶対愛、絶対従順というみ言があります。絶対従順とは、努力して従順する方法と死んで従順する方法があります。努力して従順する方法には限界があります。駄目、できないとなっていきます。従順するということは努力してできることではありません。みな努力してきましたよね。
死を通して従順するということはどういうことかと言いますと、我をなくすということです。み言の前に死なないといけません。我々の中に生命の川が流れ、聖霊の役事が起きます。それなのに奇跡が起きないのは、川の流れを塞ぐ堤防があるからです。この堤防が死なない我というものです。
この我が強くて聖霊が何もできないのです。死なない自分自身が自尊心、私の方法、私の知恵、私の経験、私の主張、意地、反抗、そのように生きているのです。夫婦の中でも、家庭の中でも、教会の中でも、社会の中でも、この堤防によって塞がれています。皆様はどうでしょうか。
礼拝の中でこの堤防を取り除く時間となってもらいたいです。そうすれば、家庭が生きます。二世が生きます。教会が生きます。社会、日本が生きます。聖霊の役事が、川が流れます。
どのような問題でも、堤防をなくせば解決できます。真の御父母様と一つとなる人生は考えられない恩恵です。とてつもない祝福です。奇跡の恩恵です。我々は天の奇跡の中に生きている一人ひとりであります。それが無感覚になってしまっているのです。
イスラエル民族の民たちが、出エジプトして荒野に入るときに、毎日、奇跡のような人生を生きてきました。毎日、天から降り注いでくるマナを食べて生きていきました。昼は雲の柱、夜は火の柱で導いていきました。盤石から水が湧き出て、水を飲んでいきました。毎日、奇跡をみていきました。奇跡の連続です。しかし、彼らは不平不満だったのです。奇跡を見ながらも無感覚でした。神様はとてつもない恩恵の時代に注いでくださったにもかかわらず無感覚になってしまったのです。
この時間が決断の時間になってもらいたいのです。我々の人生がただ過ぎ去る時間ではありません。一週間、多くの奇跡を体験して、奇跡の人生を生きる日々の歩みになっていけるように決断して出発していただけたらと思います。
<御言葉の訓読>
1.朴普煕が見た文鮮明総裁
先生は、1965年初めに、各国の信徒たちを巡回されるためにビザを受けるために、身体検査をされたことがありました。その時に、胸郭のレントゲンを撮った、医者がとても驚いて言いました。
その医者が、“先生はいつ、肋膜炎を患ったことがありますか?”と言われました。“なぜそうですか”と聞き返したら、レントゲン写真に現れている、先生の胸郭には、昔の肋膜炎を患ったあとが今も大きく残っているというのです。先生は、あまりにもみ旨に対する使命に一途に歩まれている間に、病魔がその体を襲ったのを感知する余裕もなかったのです。ついに、その病魔は先生の強靭な精神と鉄石のような意志力の前に屈服したのです。
これが先生の生活の姿でした。それゆえに、アメリカでの、たどたどしい通訳官をたててそのみ言を教えるとしても,このような強い精神力と,その意志は西洋の人々に伝わらざるを得ないのです。そのため,信念の弱い人も,一度先生の話を聞けば,勇気を得て新たな信念と覚悟として誓うのでした。先生の話では復活の力が感じられるのです。力を失って死んでいった生命も,一度その方の前に出て,一,二時間の話を聞くと,完全に若返った新芽のような姿、その生命が復活することを目で見ることができるのです。 いつか神学校に行って話をされたのですが,ちょうどその時、通訳官だった筆者がそばにいないので”私の口がどこへ行ったの”と叫びながら笑う時がありました。そのときから私は先生の口というあだ名が付けられました。 私はそのあだ名を聞く度に,それ以上栄光のあだ名を持つことができるか,と自問しました。 先生の口は、まさに神様のみ言を話される口であるのです。
その理由は,先生が教えるみ言は、ただその方のみ言の通訳に十分でないからです。その方の適宜に流れる天に対する忠誠と孝誠、そして革命家的な闘志’Born Fighter’の精神、病魔も燃えていく強靭な身体から流れ出る、その精神の通訳はまさに霊的な通訳であり,人格の通訳であり、信念の通訳であるのです。 それで、先に”み言”に感動を受ける人は通訳官であるのです。
2.原理に関するみ言の証 (P344、史道子先生)
お父様も、一度の祈りで、死んでいく人達を、生かした事が多いのです。 しかし、お父様も、あなたが起こす奇跡は実際的な奇跡、どこの誰も否定できない山を平地に築くのと同じ奇跡だとおしゃいました。

過去の礼拝のみ言

 

教会行事案内
幸福を招く自叙伝書写会
日時:4月10日(水)開会:10:00
場所:いちょうホール(小ホール)
天一国一般礼拝
日時:4月14日(日)開会:10:00
場所:礼拝堂(山善ビル4階)

 

2019年4月度『孝情清平2日修錬会』の日程 

日程 (陽暦) 帰国日 備考:
毎週1代~378代
先祖解怨式
1週 【2019年4月6日(土)~4月7日(日)】 4/8(月) 修錬会
2週 【2019年4月12日(金)~4月13日(土)】 4/14(日) 修錬会
3週 【2019年4月20日(土)~4月21日(日)】 4/22(月) 修錬会
1~329代先祖祝福式
霊肉界祝福式
4週 【2019年4月26日(金)~4月27日(土)】 4/28(日) 修錬会

2019年度 清平修錬会の年間日程案内

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください