【礼拝のみ言】

天一国二年天暦9月5日(陽暦2014年9月28日)

説教タイトル:「 神を慰労する信仰 」
説教者:入山聖基教会長
 先生としていつも考えるのは、考える中心となるその心情は何かというと、いくら自分が辛い立場にあっても、いくら悩めるどん底の立場に陥っても、自分よりも悩んでおるのは天の父である、ということである。自分における四十数年間の苦労は、限られた苦労である。
 しかし六千年間の神の苦労というのは、我々人間にどうにもこうにも分かりきれる悩みじゃない。そのことが分かれば分かるほど、我々は頭を下げなければならない。わかればわかるほど、従順、謙遜にならなければならない。人間は百遍、万遍死しても、その神の心情に報いることのできる、その何ものもないということをつくづく感じる。
 そういう立場に立って、神に対して感謝の念を持っていけば、そのひとり子を見て、神は新しい希望を持ちながら、蕩減の世界的道を越えていかなければならない。それをいつも考えておった。

「1967.6.12・東京本部教会における真のお父様の御言」より