【礼拝のみ言】

天一国二年天暦10月23日(陽暦2014年12月14日)

説教タイトル:「 日本に対する神の希望 」
説教者:入山聖基教会長
今、アメリカから、ニューヨークから神が離れかけています。ニューヨークは悪魔の都だと世界で噂になっています。白昼に殺人が頻繁に起こり、強姦が盛んに行われるこのような都市をつくりなさいといって、神はアメリカを祝福したわけではありません。この国は、滅びるあらゆる要因を内包しています。青少年たちが今、堕落しつつあります。今、若い人々の麻薬乱用が頭の痛い問題になっています。家庭は破綻しつつあり、人種問題も今後問題です。それに加え、共産主義の脅威があり、また今後、経済恐慌が訪れる可能性があるのです。なぜそうなるのでしょうか。神が離れられるからです。
私たちは襟を正し、私たちから離れた神を取り戻さなければなりません。何を犠牲にしてでも、神を取り戻さなければ大変なことになります。家庭で、社会で、学校で、教会で、国で、再度神をお迎えしなければならないのです。この国と世界を救うことのできる新しい清教徒運動、ピルグリム・ファーザーズのような運動が起こって、世界へ世界へと伸びていけるならば、アメリカは永遠に世界を指導できる中心国家として残るようになるのです。
神さえお迎えできれば、家庭問題や倫理問題は解決されます。青少年問題も解決されます。人種問題も解決され、共産党問題も解決されるのです。経済的破綻も、神の祝福が加重されるために解決されます。これだけがアメリカの生きる道であり、これだけがアメリカのための神の願いなのです。

「1973.10.21・ワシントンDCリスナー講堂講演「アメリカに対する神の希望」」より

【説 教】

本日のみ言の訓読は、真のお父様が1970年代にアメリカを救うために行かれて講演した内容です。真のお父様は、アメリカに何を訴えていかれたのかという内容を見ると、今日の時代においても色褪せることなく、力を失う事はないみ言です。このみ言を“アメリカ”を“日本”、“ニューヨーク”を“東京”に置き換えてみますと現代に必要なみ言として蘇ってきます。
今、日本もどういう状況かと言いますと、ドラッグでおかしくなっている人が多いですね。特に脱法ハーブは、脳細胞が消えます。まさに世の末です。世の中の時代が終わりを迎えているようです。1970年代当時、お父様がアメリカに何を訴えられたのかと言いますと、「アメリカから神が離れようとしている」という事でした。日本においても様々な終末現象が起きているのは、「日本から神が離れていこうとしている」という認識を持たなければいけません。
ドラッグ、犯罪、家庭問題、国家間の問題を考える前に、「神様を絶対離してはいけない。」とお父様に教えられたのです。ですからアメリカに神様を取り戻す運動が必要だということです。それは現代のピューリタン、清教徒だと教えて下さいました。ここに、真の御父母様と共に活動してきた本質があります。
私たちが、何の為に真の御父母様と共に活動してきたのかと言いますと、この世の中から神様が離れないように神様を取り戻す運動をしていたという事です。祝福結婚運動は、家庭の中に神様を取り戻す運動です。神様を取り戻す運動です。神様を取り戻さなければ、人間的な努力をしても、夫婦関係もよくならないし、国際関係も良くならないし、最後には滅びてしまうという事を教えて下さった方が真の御父母様です。
当時アメリカも大歓迎で受け入れましたね。1500以上の都市から感謝状受けられたようです。1500回以上の講演をしなければ、それを受けられませんね。大変な事です。アメリカにどれ程尽くされたかわかりますね。アメリカは、ピルグリム・ファーザーズという人達から始まりました。この方々は清教徒です。純粋な信仰に基づいて神の国を建国しようとした人たちです。
イギリスの中には様々なしがらみがありましたから、一番熱心な人がアメリカに来たのです。その人数は、40人でした。40人の方がアメリカ合衆国の基礎を創りました。この40人がアメリカを建国していく中で、亡くなっていく人も出ましたが、血統というものは素晴らしいもので、人数ではありません。一組のカップルから十人、百人、千人、万人に増える可能性はありますね。
アメリカで影響を与えている人の背景にはこの方々の影響があるのです。特に大統領です。大統領になる人は運だけではなれません。功労があるわけです。アメリカは神様が祝福されました。
お父様は私たちが現代のピューリタンになることを願われました。ですから、私たちは家庭の中に神様を連れていくために頑張っていますね。日本から神様から離れないようにする連結する使命があるのが食口、祝福家庭です。私たちが変わらずに歩んでいるというのが真のお父様が願った現代のピューリタンとしての使命と責任を果たしているということになります。
信仰というのは、誰もが納得すれば持ちますし、今は原理の内容がありますから、これを聞けば誰もがわかるわけです。お父様の生涯や原理のみ言を知ってしまえば、誰も否定できないのです。従って、サタンの作戦は、いかに原理のみ言を聞かせないかということに力を注いでいます。信仰を維持していくことは大変なことです。
ノーベル賞受賞した方も才能だけではありません。最後まで信念を信じ続けて、諦めずにやり続けた結果ですね。最後まで残る人は少ないです。しかしその少ない人が偉業を成し遂げるのです。私たちが行く道も最後まで行くのが難しい道かもしれません。私たちは一族を代表して祝福を受けましたが、そこから広げていくには簡単ではありませんね。少数派ですね。皆さん自身が永遠に世の中を照らす光の中の元にならなければなりません。
持続的に信仰を成就した代表的な人はカレブという人です。カレブはモーセに従った一人です。カナンに偵察隊に行った12人の1人です。聖書の中では目立たない存在ですが、一つの基準を立てた人でもあります。民がカナンなどないと暴動になりそうな時に、12人の偵察隊をカナンに送り、確認して返ってきました。その時に10人の不信仰な報告した人と2人の信仰的な報告をした人に分かれた話がありますね。
しかし、客観的にみたら10人が言った事が正しかったかもしれません。「2人は神様が準備したところなので必ず住めます。」と言いました。そのうちの一人がカレブです。この人は不変の信仰の代表者ですね。
聖書を見てみます。「エフンネの子カレブが、ヨシュアに言った、「主がカデシ・バルネアで、あなたとわたしとについて、神の人モーセに言われたことを、あなたはごぞんじです。主のしもべモーセが、この地を探るために、わたしをカデシ・バルネアからつかわした時、わたしは四十歳でした。」とあります。
ちょうど、偵察に行った時が40歳でした。それから40年路程ですので、カナンに着いた時は、80歳でした。
「わたしは、自分の信ずるところを復命しました。 しかし、共に上って行った兄弟たちは、民の心をくじいてしまいましたが、わたしは全くわが神、主に従いました。」
「わたしは全くわが神、主に従いました。」という言葉をカレブはよく言っていました。
「その日モーセは誓って、言いました、『おまえの足で踏んだ地は、かならず長くおまえと子孫との嗣業となるであろう。おまえが全くわが神、主に従ったからである』。」
「主がこの言葉をモーセに語られた時からこのかた、イスラエルが荒野に歩んだ四十五年の間、主は言われたように、わたしを生きながらえさせてくださいました。わたしは今日すでに八十五歳ですが、」
85歳はちょうどイスラエルが定着して土地を分配した時です。
「今もなお、モーセがわたしをつかわした日のように、健やかです。わたしの今の力は、あの時の力に劣らず、どんな働きにも、戦いにも堪えることができます。 それで主があの日語られたこの山地を、どうか今、わたしにください。」
土地をもらうという事は、そこを開拓しないといけないという事です。体は疲れていたようですが、現実の環境に主管されないのがカレブです。これが信仰的な報告する人の特徴です。神様が願う言葉を知っているのです。だから神様が離れないのです。
「それで主があの日語られたこの山地を、どうか今、わたしにください。あの日あなたも聞いたように、そこにはアナキびとがいて、その町々は大きく堅固です。しかし、主がわたしと共におられて、わたしはついには、主が言われたように、彼らを追い払うことができるでしょう」。」
この様に、カレブは40歳から80歳まで同じことを言い続けています。どう見ても現実は大変なのに「神様が願っておられるから大丈夫です」と言い続けています。
「そこでヨシュアはエフンネの子カレブを祝福し、ヘブロンを彼に与えて嗣業とさせた。こうしてヘブロンは、ケニズびとエフンネの子カレブの嗣業となって、今日に至っている。彼が全くイスラエルの神、主に従ったからである。」
ここに教訓があります。どういう人から神が離れないかというと、一貫して主なる神に従う人です。環境圏が難しかったとしても、信じ従うところは変わらない姿勢に神が働きます。私たちは、真の御父母様を中心に歩んでいます。主体に立っている真のお父様の、人格、み言、愛に触れて感動しますね。多くの苦労があったとしても持続的に従ってきました。真の御父母様に忠誠を誓い共同体を創ってきました。会社であれば、会社自体に忠誠を誓っていますね。
私たちに信仰的な混乱があるとすれば、もう一度正さなければならないことは、私たちは何に従っているのかということです。この従っている事の中心が信仰の中心でもあります。真のお父様は、神様の復帰摂理歴史の結実として来られました。そしてこの世界、人類の中で唯一神の血統を持ってこられ、神様が最も愛し、万民が愛する内容を持って来られた方です。
ですから、真のお父様がいらっしゃったときは、真のお父様に従い、愛していれば全歴史に侍ったことになりました。真のお父様を愛すれば、全世界の人々を愛したことになりました。ですから、真のお父様だけを見つめていれば良かったのです。それは今も変わりませんが、真のお父様が聖和されることによって時代が変わったというのは、真のお父様を現実的に見て、触れる事ができないからですね。
そこで信仰的な混乱が生じました。私たちはどこに接ぎ木されなければいけないのかというと、歴史の中に直接連結されなければいけません。つまり、カレブはモーセに従った人ではありますけど、モーセに従った以前に神様に従っています。ですから、私たちも神様が成されてきた歴史的な復帰摂理に直接つながらなくてはいけません。
今まではある意味、世界の事を何も知らなくても、真のお父様に従っていれば全て成したことになっていました。しかし、今は、私たち一人ひとりが原理のみ言を相続して、神様が成されてきた復帰摂理につながらなければいけません。神様に直接つながらなければ、孝行や忠誠を尽くすことができない時代圏に入りました。これからは、世界のこともよく理解して、世界のために尽くす心を持たなければいけません。
そうしなければ、分裂してしまうかもしれません。中心を失っていますからね。その心をつなぐために、真のお母様が大変なご苦労をされています。涙を流されています。お母様の涙は、天と私たちをつなぐ接着剤の役割を果たしています。もう一度私たちが何を中心として志を立てて、忠誠を尽くしていくのか。神様が長い6000年の歴史を成そうとして来られた復帰摂理を成就させなければいけません。
その為にみ言を相続し、神様の血統を相続したという事をもう一度立てていかないといけません。今まで以上に一つにならなければいけません。
最近、二世部で行っている7つの習慣というのがありますね。人格主義という話ですね。人格主義は人間の成長の事を言っています。人格主義は人間の成長のない発展はないという教えです。しかし、世の中は、経済的に成功すれば、人格は関係ないですね。成功主義、結果主義です。
そうではなくて、人間は成長します。その成長の度合いによって本当の発展があるという教えです。現実に限界を感じた人が、原点に回帰するように集まっています。本質的な人達です。人間の成長には三段階あると教えています。それは依存、自立、相互依存という三段階です。生まれてきたら依存ですね。親に依存しないと生きていけませんね。それから自立ですね。しかし、そこで人間の成長は終わりではなく、最後に相互依存があるという事です。
原理的な言葉言うと“共存”です。今までの人間の成長は3分の2までですね。ですから、自立までは行きます。今の世の中の成功者は自立段階です。今の経済のシステムは自立システムです。自分がいかに豊かになるかということです。自立だけで人間に満足があるのかというと、そうではありません。為に生きないと満足するようになっていません。自立的な最高の成功者も枯渇とか飢えというものから逃れられません。
共存するためには中心が必要です。全体目的が必要です。この全体目的が“神の喜び”です。神の喜びがないと共存はできません。今の経済システムは自立型なので、必ず破たんしていきます。ですから地上天国実現の為に共存型のシステムを創らなければなりません。そこには成功者と失敗者がいません。
私たち祝福糧も自立段階で止まっています。信仰の成長が3分の2で止まっているので信仰的な枯渇感が発生するのです。自立しただけではいけません。共存体制がなければいけません。最終段階の信仰の成長が問われています。豊かさは、お金ではありません。たくさんの人との繋がりを持っている人が、内的な豊かさを感じている人です。人の力が自分の力になります。自分には力がなくても、人の力を借りて自分の力に変える事ができます。その力が神様の血族である私たちに働かなければいけませんね。自立しているだけではいけません。
先日、李海玉師母様が来られた時に、「日本人は杉の木ですね」という話をしていましたね。まっすぐ立っているだけで横に繋がっていないという事です。群れないと生えられないような説明をして下さっていました。そこが課題です。自立型ではなく、為に生きる生活をしなければいけません。原理的に生きなければいけませんね。
来るべき2015年より一層成長と発展を天が願っておられることは間違いない事実です。本当の意味で真の御父母様を喜ばせ、その心を受け継いだ私たちとなれるように努力していきましょう。

ここに掲載されているのは、礼拝内容の一部です。
内容全体は、来教して礼拝映像を視聴しましょう。

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