「文鮮明先生自叙伝書写会」開催(陽暦2019年3月11日)

【文鮮明先生自叙伝書写会】

天一国七年天暦2月5日(陽暦2019年3月11日(月))

八王子家庭教会礼拝堂(山善ビル4階)にて文鮮明先生自叙伝書写会を開催しました。エンターテイメント、全国の書写の証しがあり、岡山で行われた書写会での有識者の証し映像を視聴しました。
今月のみ言「平和を愛する世界人として、生まれ変わる」を全体で唱和し、浅川勇男先生の講話になりました。
「自叙伝書写は東日本大震災から始まりました。ですから8年です。
安藤百福の自叙伝を読んでみると、素晴らしいです。通常は何かを始めるにあたって必要な3つの要素があります。しかし安藤さんはこの3つのことを気にせずに偉業をなしていくのです。
1、金なし。お金がありませんでしたが、気にしませんでした。
2、人なし。支える人がいませんが、行動していくと人がついてきました。
3、施設なし。活動する場所がありませんでした。
スケールは違いますが、文先生と同じような道を歩んでいます。
誰かの為に生きたいという心があればどうにかなっていくということです。
戦後、一番困った問題が食糧問題です。
食べ物の供給が安定しないと国が安定しないと考えました。
ある日、夜、寒くて雨が降っているのに行列ができていました。行列の先はラーメン屋でした。安藤さんは、ラーメンを食べる為にこれだけの人が並んでいるのかと可哀そうに思いました。そして、家でもラーメンが食べられるようにと思い付いたのがチキンラーメンでした。
この時代、ちょうどテレビが家庭に広まっていました。本来なら、膨大な広告費と労力をかけて宣伝しなければならないところ、テレビでチキンラーメンのCMをすることができまたした。そのCMでは「一家に5袋まんぷくラーメン」というキャッチフレーズを何度も流しました。そのようにしてチキンラーメンが知れ渡るようになたったのです。
今日のテーマは「平和を愛する世界人として、生まれ変わる」です。これが文先生を一言で表しています。この方に国境がないということです。全人類を包括して自分の子供として抱きかかえる方が文先生、韓鶴子総裁です。
ここで、ある世界的な女優を紹介したいと思います。この方は1993年63歳。大腸がんで亡くなりました。そのことに一番心を痛めていたのがマザーテレサです。マザーテレサは平和を愛する世界人でした。このマザーテレサが、その女優の為に祈りましょう。と言いました。その女優はオードリ・ヘップバーンです。
人間が変わるということはどういうことでしょうか。
オードリ・ヘップバーンは1929年ベルギーで生まれました。6歳まで目を隠す子、耳をふさぐ子と言われました。それは夫婦喧嘩が絶えない家庭だったからです。修羅場の家庭でした。6歳で両親は離婚し母親に育てられました。
そして、米国でハリウッド女優になった時、父親を捜しました。6歳で別れた父親は何をしているのかということで、ロケ地に行くたびごとに消息を探しました。そして、ついにあるロケ地(スコットランド)に行った時、消息がわかったのです。
父親はアパートに住んでいました。父を訪ねていき、なぜ私の前に出てこないのかと聞いたら、女優になったお前に迷惑がかかるために出なかったといいました。そのことを聞いて以降、彼女は父親を支援していきました。彼女は、自分を捨て去った父親を慕っていきました。
やがて時代はナチスドイツが台頭し、ベルギーも支配され、ユダヤ人が迫害されていきました。悲惨な状況をみました。ユダヤ人の家族がバラバラにされ殺されていきました。そして、戦争がはじまり、飢えました。そのため、彼女は太れない体になりました。栄養失調になりました。死の寸前に連合軍に拾われました。
私にできることは何かと考えたときにバレエを始めました。しかし、指導者にあなたはプリマになれないと言われました。それは背が高かったからです。しかし、志を捨てず前に進んでいけば運気が出てくるのです。
米国を中心に映画が広まっている中にウィリアム・ワイラーという映画監督がいました。この監督は、ヒット映画を何本も手掛けた方です、その一つにベンハーという映画があります。
そして当時、ローマの休日という映画の構想がありましたが、王女役が決まっていませんでした。面接をしてハリウッドに一人も適役がいませんでしたが、その中で見つけたのがオードリ・ヘップバーンだったのです。王女役ですので気品がなくてはいけませんが、彼女の家系はオランダの王室だったのです。
彼女が出演する映画が次から次へと映画がヒットしていきました。その頂点を極めたのが40,50歳の時です。しかし彼女は虚しさを感じていました。このままの人生で良いのかと考えました。そして58歳のときに人生の転換期が来ました。
世界中から募金を集めてアフリカに支援する行動をするようにしました。エチオピアにいきました。路上にいる子供たちは餓死しています。彼女は華やかな時を過ごしていた時に餓死している人がいることを知った時、この人たちのために生きようと決心しました。
オードリ・ヘップバーンの行くところに記者が集まりました。そして募金活動が始まります。彼女は私を女優にしたのは、この人達を救うためだったと悟りました。そして63歳まで活動しました。マザー・テレサのように歩みました。
ある人は、女優という立場を犠牲にしてなぜそんなことをしているのかと批判しましたが、彼女は、私はやりたくてやっているんだといいました。また、あなたが行動してもアフリカは変わらないと言われましたが、彼女は、もしあなたの子供が飢えていても、あなたは救わないのかといいました。そして、一人でも救えればいいといいました。彼女は世界人になっていました。
アフリカのソマリアで奉仕している間に倒れました。大腸がん末期でした。そして息をひきとる間際、夫が苦しいかい?と聞きました。すると彼女は自分の体のことは考えていませんでした。そして苦しいですと答えました。なぜ同じ人間がアフリカで切ない人生を送っているのかと考えるとそれが苦しいですと言われました。
また、夫に後悔があるかい?と聞かれたときに、彼女は、神様と同じ心を持った人に会いたかった。その人に会えなかったのが後悔ですと答えました。
愛とは言葉ではなく実践です。といいました。
愛とは筋肉です。といいました。日々、動かしてないと停滞します。
愛とは最高の生命力ですといいました。生きているということは愛することだといいました。
私たちはオードリ・ヘップバーンの境地に至らなくても、文先生、韓鶴子総裁に出会いました。あとは世界人として歩むだけです。
毎日、書写をすることで愛の人になっていきます。」と語られました。
全体で書写の実践をした後、「愛の架け橋」を讃美し、閉会しました。

 

【 平和を愛する世界人として、生まれ変わる 】

全人類を懐に抱く愛の心で人類の幸福と世界平和のために努力する超宗教的な指導者たちが、世界各国に派遣された外交大使と力を合わせ、これ以上紛争のない世界、愛で一つになった世界をつくっていかなければなりません。

「宗教者がなぜ世界の問題に首を突っ込むのか」という反対意見もあるでしょう。しかし、今の時代、世界は宗教によって深い自己省察の域に達した宗教者の関与を切に求めています。

世の中に蔓延する不義と罪悪に立ち向かい、真の愛を実践する人たちが、まさに宗教者です。世界情勢に対する分析力を備えた政治指導者の知識と統治能力が、霊的な眼識を備えた超宗教指導者の知恵と一つになるとき、世界は初めて真なる平和の道を見いだすことができるのです。

きょうも私は、世の中のすべての人が宗教と理念、人種の壁を越え、「平和を愛する世界人」として生まれ変われるように祈っています。(自叙伝 p347)

 私の目標は、きのうもきょうも、神を中心に一つの世界をつくることです。その国には神の主権だけがあります。全世界は一つの国土、一つの国民、一つの文化でまとまります。一つになった世界に分裂と争いがあるはずがなく、その時、初めて本当の意味での平和世界が開かれるのです。(自叙伝 p340-341)

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