【文鮮明先生自叙伝書写会】

天一国六年天暦2月25日(陽暦2018年4月10日(火))

八王子市学園都市センター(東急スクエア12階)イベントホールにて文鮮明先生自叙伝書写会を開催しました。エンターテイメント、書写の証がありました。今回の書写の証は、愛媛の新居浜家庭教会の小学生が「我が家の書写の証」として語られました。
今月のみ言「自然が私になり、私が自然になる」を全体で唱和し、浅川先生の講話になりました。
「今日のタイトルは、心が澄みきった境地ではないかと思います。桜が散るのは早いですが、桜を見た人の心に生き続けるとこの様な境地になるのではと思います。
また、夫婦が非筒に成るとこういう境地になるのではないかと思います。つい最近、不思議なものでというよりもさっぱりということを知りませんでしたあゆむらたくという人です。この方の小説は大概5年以上経ってからヒットします。映画にもなっています。
ある時、この方の奥様が倒れ余命1年と言われ、夫として何を成すべきか、何が出来るかを考えました。その中でなんとか1日1分でも最大の奥さんに生きていて欲しいと思ったのです。そのために自分は何ができるのかと思った時に閃きが来ました 。毎日1分の小説を書くことだとそれは簡単ではありません。
これって不可能に近いです例えば新聞に連載で載せる場合に連載であって小説としては完結していない。それだけでも難しいことでありますけれども、それを1日で毎日短編小説を書くということを決意したのです。それを奥様に話したら、それって大変じゃないと言いました。
しかし彼は誰のために書くのかといえば、おまえのためだと、おまえのためにだけ書くという決意で書いていきました。読者は奥さんだけでした。奥さんが喜べばいいという思いで書いていきました。そして彼は書き始めました。
彼が書き、奥様の読みという毎日が繰り返されました。その中で彼は1日でも長く奥様が生きて欲しいという願いを込めました。その中で奥様はもうやめてもいいという風に言いましたけれども彼はやめませんでした。
これを止めてしまえば病状が悪化してしまうと思い、妻への思い、愛情、1日でも長く生きて欲しいという思いを心に込めて書き続けました。彼女は余命1年と言われたその日を超え、1年過ぎ、2年過ぎ、そして彼は書き続けました。
その小説は、やがて1000を超えました。そして5年目の4月ついに奥様はお亡くなりになりました。この時、彼の書いた短編小説は1778話になりました。そのようにしてただ今日のために小説を書きました。その最後の日、彼は不思議な体験をしました。
夫婦がひとつになった時、ともするとそれは人間の域を超えるのではないかと思いました。奥様はもはや意識がありませんでしたが、それでも彼は小説を書き、書いてそして彼女の枕元に持っていきました。意識不明で読めるわけがありません。
その時、彼の記録によると一陣の風が吹いた。そして彼がその枕元に置いた原稿が天に舞い上がって地に落ちました。そしてそれを拾った時、後ろから妻の声が聞こえました。これは小説ではないんだと小説ではありませんでした。という声でした。
それはつまりの本当の妻への想い、真実でありました。いつ声が回復したのかと振り向いたけれども奥様は意識不明でありました。その何分後かに奥様は他界します。間違いなく、彼は奥様が読んだと言っています。そして妻が亡くなった後も小説を書き続けました。
「霊となった妻は心を読むから文字は必要ないのかもしれない」というわけで原稿用紙はすべて空白にしました。しかし彼は感じています。自分の心で書いた言葉を霊となった妻は読んでくれている。そして最後に「選んでくれてくれてありがとうございました」と一言言いました。
そして「もう一度一緒に住もうね」という言葉で締めくくっております。亡くなった妻と一緒に住みたい。そういう言葉で締めくくったのであれば、すべてを可能にしてくれます。愛し合ってる夫婦は、永遠に愛し合って生き続け、霊界で永遠に愛の夫婦となり続けるという道があります。
短編の一冊を読んでみました。その中で、ある日とても暑い日に耐えられなくなって窓を開けました。すると不思議なことに、その窓の外に一匹のクマゼミが飛んできてそのベランダにそのまま物干し竿に泊まったというんです。
そして思い切って泣いているクマゼミが自分に向けて泣いていたというので、彼は窓を開けなかったそうです。クマゼミが逃げていってしまうからと窓を開けませんでした。ずっと見ていて気づいたら自分がそのクマゼミになりクマゼミが自分になっていたというのです。
セミは、地上での生涯は短いですが全力で生きます。人生が本当にわかっていて、1日がどれほど尊いかをわかっているのがセミではないかと思います。今日一日しか人生がないとしたら、全力で生きるでしょう。夫婦の関係でも今日しかないとすれば今日1日を全力で生きるはずです。
桜も心に生き続けます。あなたの心の中で生き続けたいと言うのが桜の気持ちはないかと思います。そういう風に迎えてくれる人が今までいなかったんだということを文先生は万物の嘆きと言っております。
本当の桜の美しさや蝶々の美しさセミの気高さを知って、それを見つめる人がいなかった。だから今日まで自然万物は目が腫れるように泣いてるというのが文先生の見解であります。さて文先生の体験が熟成して行くところが普通の人ではないというところであります。
こんな話が自叙伝に書いてあります。ある日、文先生は夜、道を歩いていると稲の声が聞こえてくる。文先生の心の中に入ってきます。
そしてそこから何事かひとつひとつが語り始めてきました。その声も聞いたということを書いてあります。その村に住む農民が良い人か悪い人か言わなくても、それらの人が人が育てている万物に聞けば、その人がどういう人かが分かるといわれました。ですから皆様が使っている万物は、皆様の人格を表しているということです。毎日の掃除をした人は床を愛した人です。
食事はどういう風に食べるかということが重要です。ただ生きるために食べたいと言うのであれば動物と同じになります。幸せになれる食べ方があります。それが、私が食材になり、食材が私になるという愛の関係による食べ方です。ですから、最後に真の食事の仕方についてお話をしていきたいと思います。
食べ物は誰が造ったのでしょうか?お米は誰が造ったのでしょうか?農家の人がつくったというかもしれませんが、その種は誰が造りましたでしょうか?神様が万物を創造したので、農業、牧畜業という仕事ができるのです。
神様の愛が万物に投入されているのです。食事は神様と作ってくれた方への感謝の思いでいただきますと言って食べるのです。
万物から感謝される食べ方をしなければいけません。それには2つのポイントがあります。
1つ目に心から感謝して頂くということです。食べられる側からしてみれば命を捧げるということです。万物の命を頂きますと感謝して頂くということです。万物は感謝して食べられると涙が出るそうです。
2つ目に食べた後に何をするかということです。万物は食べられた後に何をするかということを心配しています。悪なる行為をすれば、万物も共犯者になり、それを悲しんでいるのです。ですから、食べる前にあなたの命を頂いた以上は昨日より今日、世界平和と人類と人のために生きますと食べれば万物も喜ぶのです。万物を食べる価値が自分にはあるのかという事を自身に問いながら食べることです。
そうすれば、自然が私になり私が自然になるということであります。」と語られました
全体で書写の実践をした後、「愛の架け橋」を讃美し、最後に浅川先生が祝祷され閉会しました。

 

【 自然が私になり、私が自然になる 】

 森の中にいれば心が澄んできます。木の葉がしきりにカサカサする音、風が葦を揺らす音、水場で鳴くカエルの鳴き声といった自然の音だけが聞こえ、何の雑念も生じません。そこで、心をがらんと開け、自然を全身で受け入れれば、自然と私は別々のものではなくなります。自然が私の中に入ってきて、私と完全に一つになるのです。自然と私の問の境界がなくなる瞬間、奥妙な喜びに包まれます。自然が私になり、私が自然になるのです。

 私はそのような経験を生涯大事にしまって生きてきました。今も目を閉じれば、いつでも自然と一つになる状態が訪れます。ある人は無我の状態だとも言いますが、私を完全に開放したところに自然が入ってきてとどまるのですから、事実は無我を超えた状態です。
その状態で、自然が話しかける音を聞くのです。松の木が出す音、草むらの虫が発する音…。そうやって私たちは友達になります。(自叙伝50-51ページ)

  

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