【文鮮明先生自叙伝書写会】

天一国六年天暦1月23日(陽暦2018年3月10日(土))

八王子家庭教会にて文鮮明先生自叙伝書写会を開催しました。エンターテイメント、書写の証がありました。今回の書写の証は、愛媛の松山家庭教会のご婦人が語られ、「言葉を話せない子供が、話せるようになった」という奇跡的な内容でした。
今月のみ言「真の人生を生きる」を全体で唱和し、浅川先生の講話になりました。
「今日は「真の人生を生きる」という事で講話をして参ります。つまり真の人生を生きるっていうことはどういうことかというと「不幸にならない人生」ということです。「どんなに努力しても不幸になれない」。それは真の人生だと思います。それから「生きがいだらけの人生」。それから「生まれて良かったな」と毎日思える人生。一度も後悔しない。
ですから今日、仮に天から「まあ、あんたの人生、それは今日あたりが最後だね」と言われて天からお召しが来る日は必ず来ますよね。この場合、大概の人は後悔します。「自分は夫に対してどれだけ尽くしたのか」、「自分は奥さんに対してどれだけ尽くしたのか」という心残りを誰しも持つはずです。あるいは子供に対して「自分は本当に親としてやることやったのかとか」。こういうことを誰もが死を目前にしたら考えます。
これが一切ない状態。いつでも召し上げてください。つまり人生は瞬間的に消えたとしても、思い残すことはひとつもない。すべて価値のある人生の痕跡だったと思える人生。これが真の人生ではないかという風に思います。
震災を見ると、おそらく瞬間的に天に召された方がいらっしゃったと思います。あの世に行って後悔しても遅いのです。重要なことはこの世に生きている時に、どこかで後悔し、それで人生を転換させ、過去に様々なことがあったら思い切って償い、これを埋めておいて、後は人生の価値を作り上げていくというところではないか。ということを感じました。
そこで私は今日、先程の愛媛県の松山というところでご婦人がやや泣きながら証をしました。これは2000名大会っていう時に、あの方が証をされたのですが堂々としていますよね。
それはやっぱり救われた確信、喜びが溢れているからだと思います。ですから前に2000名いたとしても動じないというのはそこからくるし、最後に言われた言葉は、非常に私は印象的でした。あの方に起こったご家庭の証は千人に1人か万人に1人ぐらいかなという風に思えるほどの内容かもしれません。しかし、あの方はこう言いました。「私の家庭に起こったこの奇跡・出来事は誰のご家庭にも起こり得るものです」と言い切ったじゃないですか。
あれはすごい言葉だと思います。「救われるとか幸せになるというのは特殊なことじゃないんだ」と。「どんなに不幸でも幸せになれるんだ」と。そういう確信を持って2000人の前に言ったというのはすごいなと思いました。
事実そうだと思います。この世の中で様々な不幸というものはあるでしょう。病気もあるでしょうし、経済的な問題もあるかもしれない。これ以上不幸になることはないだろうという夫婦や親子の問題に遭遇している人もいらっしゃるでしょう。「でも文鮮明先生ご夫妻に会ったら全部幸せに転換できるんだ」と。つまり「この世に不幸は存在しないのだ」と。ただ本当に味わい深い幸せを得るために今の不幸というものがあるだけで、この文先生という方の愛に会った時、必ず災いが幸せに転換し、「ああいうことがあったね」と冗談ながら話し合う日が必ず来るという。それがあの家庭でした。
ペラペラペラとしゃべる5歳の子が2歳半まで一言も喋らなかったなんて言うことは、多分思い出にしかならないでしょう。こう考えると不幸でさえ幸せな日々だったと。こんな風な日々は必ず来るということ。そういう闇から光へと到来させる人。これが人類の真の父、真の母と言われる文鮮明先生ご夫妻だと思います。
さてそこで、この方がなぜ大きな転換ができたのか。そして3歳半まで言っていることはわかっても、言葉で表現できないお子様が突然話すようになるということがなぜ起こったのか。ということをもう一度少し振り返りながらお話をしてみたいと思います。
その前に、先般新潟でこの証を上映したのです。その時私は、その中に同じような症状を持って、その書写会の日に解決しました。という人が2人いました。私は驚きました。「一つの証を聴くということは、そこに同席した人には同じ運勢が与えられるのではないか」ということを感じました。
ある婦人は、「実は今日、私はこういう証があったのです」という話をしました。これは突然のことだったので参加した人は皆感動しました。彼女は現在39歳です。ご婦人です。でもこの方は7歳の時まで言葉は喋れたのです。しかし、7歳になった時、突然、口から言葉が出なくなりました。今まで口から出ていたのに7歳から言葉を喋れない人になりました。それは32年間続いたのです。
それで今日39歳です。どんなに切なかったかわからない。相手の言うことはわかるのに、それを表現できないということが、どれほど切ないことなのか。皆様が夫婦親子として、「おはよう」と言って子供のように「おはよう」と返ってくる。これに感謝することはあまりないと思います。
しかし、そういう境遇にあった人から見ると、言われたことはわかって口で応答するということは奇跡なんだと。私どもは奇跡の連続の日々を過ごしています。ただそれはあまりにも当たり前と思いすぎて、これが幸せになってないんだ。ということもあるのではないか。
彼女は32年間喋れませんでした。そして今日もこの方に書写を進めた人がいるのです。あの方を勧められたと言ったでしょう。自叙伝書写を勧めるということは、先ほどの東北大震災の時に懐中電灯を持って「私についてきなさいそうすれば救われます」。なぜ言い切れたのか。上から下に階段があって、ちゃんと歩いて救われる道が準備されていたからです。だから彼は「救われます」と言い切った。そのためでしょう。
何の背景も根拠もなく言ったわけじゃないです。自叙伝書写を進めたら必ず道は開かれるという根拠があるからです。その背後に「どんな苦難も救ってきた文先生の愛がある」という、これを確信したから勧めたのではないでしょうか。彼女にも勧めた人がいたのです。それで誠に熱心にこの言葉が喋れない方は、今日のような奉納式に毎回毎回来ていたのです。
でも、どう感動しても口でそれを表現はできませんでした。車で迎えに行った書写を勧めた人は、「おはよう」と声をかけます。彼女は「おはよう」って紙に書いて見せるんです。喋れないから。それで「今日も書写会に行こうね」と言うと、「行きます」と言って紙に書いて見せるという、こういう感じで何年間着ていたのです。
その方を車の助手席に乗せて今日もまた「おはよう」と声をかけました。するとどこからともなく「おはよう」と声が聞こえたというのです。普通は筆談ですから沈黙が続くにもかかわらず、その 日に限って「おはよう」という言葉が返ってきたそうです。書写会に誘った人はびっくりしました。いったいどこから聞こえたのか。そして「今日は書写会に行くから頑張ろうね」と言ったら「頑張るわ」という声が聞こえたそうです。彼女は驚き、隣にいたその婦人に「あなたがしゃべったの」と聞きました。「そうよ」と言ったそうです。「今日、朝起きたら口から言葉が出るようになったんです」と言ったそうです。それからは大きく話しました。
「7歳の頃の声と比べたら、ちょっと音量は低いけど、私は自分の声を聞くことができました。これを一番喜んだのは母でした」と言いました。まあ、こういう証があったのです。この中で私どもは「口から言葉が出るということ」そして「相手の話が聞けるということ」これはすでに「幸せの条件は揃っている」と思うべきだと思います。
ただなぜか言葉が口からせっかく言葉が出ているのに使い方が良くないので相手を傷つけたりするのではないか。パソコンの操作、運転はできても言葉の操作ができないのではないか。という意味においては、どうやら神様は人間だけに言葉が喋れるっていう恩恵を与えたのですが、私どもの使い方がちょっとまずいために、口から言葉が喋るので不幸になっている、という。こんなことなんではないかという風に思います。是非皆様、言葉のダイエットいたしましょう。
さて、この婦人の話、最後締めくくって終わりたいと思います。この婦人のお子さんに「なぜこれが起きたのか」これは夫婦関係にあると思います。と私は思っております。なぜなら先程私は、東北大震災の話で電気が消えたと言ったでしょう。電気が消えるということは「光がなくなる」それから「暖房が止まる」ですよね。それと暗くなって寒くなるわけでしょう。これは不幸じゃないですか。
つまり、不幸な夫婦関係、親子関係は冷えていて暗いわけですよ。だから、そこに喜びを感じられないわけです。ではなぜ電気が消えたのですか。「夫婦の間に電流が流れていない」「親子の間に電流が流れていない」ので光はつかず暖房が温まらないわけじゃないでしょうか。ということは、電気はプラスの電極とマイナスの電極を線で繋いで、これをガチャっとセットすれば必ず電流は流れ、そして後は操作の完了によって、光になってみたり、暖房になるわけです。これが「ON」を押すということですよね。
「あなたの夫婦関係は「ON」が押されていますか」と。あなたの親子の関係は「ON」を押されていますかと。オフということは電極が繋がってないということです。オフをしたまま電気が明るくなる事を願うこと自体おかしいです。そんな願いは絶対成就いたしません。電気の電極を繋いでいないのに家を暖かくっしようって絶対不可能です。ですから願い事というのは条件があります。「ON」を押しているということです。夫婦の思い、親子の愛情がプラスとマイナスがひとつになれば、そこに光が輝いて、そして暗闇の中に入ったたくさんの人が恩恵を受けます。
奥さんはご主人を愛しておりませんでした。なぜか?就職ができなかったからです。ご主人は一生懸命働く場所を探しましたが、毎回面接を受けて落ちました。これが7年続きます。一家の柱は主人だというのに給与を持って帰ってこない。そればかりか、ずっと家にいる。だんだんだん奥さんの憤りは溜まってきて、そして自分が様々な事をアルバイトをする。働く。いつもその思いは「何で主人は働かないのか」という思いでいっぱいだったと思います。それを口に出します。彼女の口は開いておりましたが、口から出る言葉、夫に対する様々な要求であり、裁きだったのでしょう。
それを聞くご主人をボロボロに傷つき、互いに言い返し、子供の前で喧嘩をしたのです。言葉は最悪の状態であります。ですから離婚さえ考えました。電極はついておりません。輝いておらず、冷え切っております。その犠牲はどこにいくのでしょう。子供です。冷たく光輝かない環境の中で子供は放り出されました。だから口は閉ざされました。様々な病院に行きましたが、どの病院も「正常です」と言いました。不思議じゃないですか。あらゆる検査をして異常がないと言われました。
にも関わらず、口から言葉が出なかったのです。つまり医学では解決不可能だということを立証しました。ではどうしたらいいのか。この時に自叙伝書写を勧める方がいらっしゃった。「科学でさえ解決できないことを「文字」を書いただけで解決できますか」これって非科学的であり、合理的な考えではありません。しかし、彼女はそこにかけました。それ以外に道がなかったからです。
という意味においては文先生ご夫妻に自分の課題を全部委ねたという意味です。この方ならひょっとすると私の「苦悩」を「道」を開いてくれるのではないか。いや絶対そうだという確信のもとに彼女は毎日その言葉を書き続けます。そこで何が起こったのでしょう。
ご主人の本質的な原因がわかりました。これ自体私は神様の業だと思います。就職の所に行く。あるいはそれをカウンセラーがいる。検査してもらったらいいのではないか。という風にして検査を受けたら発達障害だということはわかったと。産まれながらだったので誰も気がつかなかったと。従って、どうしても職場の人間関係で、どうしても傷ついたり、うまくいかない。それは本人の性格というよりも病気だったんだと。従ってそれに合った職場というものを紹介され、そして仕事ができるようになったという風に導かれていきます。これは神様の導きだと思います。
一番重要なことは、奥さんが変わったということです。奥様は自分のご主人を常に裁いておりましたが、その病名が分かった時、泣いて悔いました。自分の口から出ていた言葉、あるいは言葉を発する自分の心、ご主人に対して不遜であり、愛情がなかったということを深く悔いました。そして反省をし、一生懸命ご主人の病の内容を調べ、そして理解するようになりました。
つまり誰が最初に変わったのか。誰の病気が治ったのか。奥さんです。夫が愛せないという愛の病気です。それが治りました。そして夫婦は寄りを戻し、愛し合い、抱きしめ合うようになりました。夫婦の病気というものが完治したのです。そして電極は繋がりました。こうして愛の光と愛の暖かさが訪れた時、突然子供は喋り出しというのではないだろうか。まこんな風に思います。
ですから、意外と痛いところに原因があるのではなく、痛いことを降ろしている原因の部分があって、そこがうまく整理されると結果は整理されるものなんではないかということを感じます。
そこで最後になぜ彼女は、そういう風に変われたのかという話を締めくくって終わりたいと思います。この理由は簡単ですよね。自叙伝書写をしたからなんです。自叙伝って誰が書いたのか。これが重要なんですよ。これは文鮮明先生であるけれども、正確には文先生ご夫妻だと思っています。ある時期まではこの方は独身だったんです。従って自叙伝というのは三分の一ぐらいは文先生がお一人の時代の事が書いてあります。後半に近い三分の二は、ご結婚されてから夫婦で成したことが書いてあるんです。
そしてその時、猛烈に文鮮明先生の世界平和に対する活動は大きく跳躍しています。従ってこれは文鮮明先生ご夫妻の愛の証と言っても過言ではないと私は思っております。そういうことなのですが、それと自叙伝とは何なのっていうことになります。これは文鮮明先生は、はっきりと自叙伝とは何かということをご自分で語られています。
「これは真の愛の記録なんだよ」とおっしゃってます。これは愛とは何かを哲学的、論理的に話すことはおそらく誰でもできるかもしれません。例えば、「与えて忘れましょう」と「これが愛の定義です」と。それから「人の幸せのために行きましょう。これが愛の定義です」ということはできます。では、「あなたはそれを実践しているんですか」と言われた時に、私どもはそれが胸に突き刺さり、そして振り返ってみると、この言葉は実践してないと思う場合が多いのではないか。
しかし、文先生の違う点は「実践してから語ってる」っていう事です。この方の持つ凄まじさは、実践して結果をもって、間違いないという科学的な原理を持って初めて口に出すということです。ですから、この方は、哲学や観念的に一言も語りません。全てこの通り私は生きて、このように結果を出したから、これは真理なんだと。こういう形で語っております。という意味においては、愛の科学者であり、愛の実証主義者であってもいいでしょう。これが責任を持つということだと思います。
従って、文先生はすでに実験済みのことしか語りません。つまり、このように来たら必ず結果は出ます。ということをご自分で確認してから、口に出して、それが言葉になっています。その記録が自叙伝なんだと。ですから皆さん、自叙伝を精密に、あるいは繰り返し、一度は読んでみてください。そうすると相手は何かが分かるようになります。
一つの事例から言えば、私がこの文先生ご夫妻はすごいなと思い、また韓鶴子夫人は素晴らしい愛の人だと思う一点は、63歳の時に人種差別によって、文先生という方がアメリカの牢獄に入れられました。つまり60という高齢の時に言ってみればアメリカの囚人として刑務所に入れられました。
根本的原因は人種差別と言われております。アメリカは強烈な人種差別の国です。その中で牢獄に入る。毎日、韓鶴子夫人は数時間をかけて面会に行きました。これを見て感動したのは、囚人を見ている監視した人達です。「夫が牢獄に入ると妻は見捨てる人が多いんだ」と。「もう関わりを持ちたくない」と言って、囚人となった夫と縁を切る奥さんは多いんだと。あるいはまた夫が囚人になったことによって、自由に動いて浮気をする夫人さえいる。これはアメリカの風土なんだと。毎日面会に来るような奥さんは一人もいない。
しかも場所は刑務所からはるかに離れていて、数時間かけなくちゃこない。それを毎日来るんだと。そして、まるで囚人と囚人の外にいる、この金網を隔てて面会するんだけど、なんか家の中で話しているほど花が咲いて愛は一切変わってない。夫が囚人として入ろうと入る前と何も変わってないんだと。いうことを見たダンベリという刑務所の看守の証言があります。
ですから、夫がどうなろうと愛は変わらないどころか、もっと深くなる。そういう意味において、韓鶴子夫人と文先生の愛は、苦難と困難になればなるほど深まってきました。そして離れられない夫婦関係になったのは困難が連続したからであります。その困難の一番の重畳的なものが刑務所でした。刑務所に寄られたときに文先生はどうしたのか。通常ですと、泥棒あるいは騙し、そうした人が周囲でゴロゴロしております。彼らの共通点は自分だけしか考えないということです。他人の面倒など見る気もない。
彼らが一番嫌ったのは何か。掃除と皿洗いですよ。これ一番嫌いだったのです。「やってられるか」って話です。「何で俺は掃除しなくちゃいけないんだ」。誰の掃除をするのかと言うと、俺よりももっと酷い罪を犯した連中の歩いた足音で汚れた後など誰が拭くかです。もう掃除をしたふり。あるいは怠けてやりません。適当です。それからもっと嫌がったのは皿洗いです。「あんな野郎が食べた後の食べ残した皿を誰が洗うか」ですよ。囚人でさえ嫌ったのです。
では文先生という方は、どう向き合ったのか。誰よりもこの刑務所の床を真心を込めて何度何度もも拭きました。まるで神様がその床を歩いた後のように精誠と真心を込めて拭かれたのです。そして食べ残したお皿をとにかく何度も何度も洗い、新品同様にピカピカにし、きちっと元の食器棚に下げました。囚人たちは噂をしました。この記録も残っております。
「いったいあのじいさんは何者なのか」みんなかけをしたそうです。当たるかどうか。俺はあのじいさんは、あんなに掃除が上手な人間、見たことないから掃除会社の社長に違いないと言った囚人もいたそうです。いや俺は違うと思うと。あの皿洗いの仕方はプロだと。ピカピカにしてちゃんと置くから、あれは食堂のレストランの経営者に絶対違いないと、言いやったという記録は残っているのです。こう考えると文鮮明先生という方は、何も罪のない強い人に接する態度も罪だらけの人に対する態度も何も変わらなかったということです。
だから万民を救える人になれたのだと、子供は誰も可愛いから勉強のできる子だけを可愛がり勉強のできない子は可愛がらないという母親がいたら、それを母と言えるのでしょうか。母の愛に差別はないはずです。これは文鮮明先生、韓鶴子夫人の愛だと思います。そういう愛が込められているのが自叙伝という本なのです。文鮮明先生は「言葉には魂があります」とおっしゃっています。言葉には魂があります。この言葉には、文先生の愛が込められているという意味だと思います。
従って、ある真っ黒な人が、心がですよ。人が恨み、憎しみ、辛み、嫉妬、妬み、許せない心、これだけが埋まった、あえて言えば、黒い心を持った人がいたとします。その人はどうしたら恨みや憎しみはなくなって、その思いから解放されるのでしょう。この方が同じような恨み深い人とお付き合いしたらどうなるでしょう。もっと恨み深くなるんじゃないでしょうか。
大体、恨み深い人はもっと恨み深い人とお付き合いすると気合が入るんです。「恨み足りないわね」みたいなこと言われて、相当気合を入れられますね。「あんたの恨みはまだ浅いは」みたいな。「あんなこと言われてよく頑張ってるわね」とかね。余計なお世話でしょ、はっきり言って。だから「そうだな」と思い出しちゃって、「あれって腹立てなきゃいけないんだね」なんてね。こうしてもっと恨み深い人になっていくわけですよ。私ども人間関係を考えるべきです。ですから、同じような人と付き合っていると進歩はないですよね。という意味において、恨みを消すためには恨みのない人と付き合うべきです。ちょっと付き合いづらいわけですよ。
でも、そういう人が私を支えてくれる人になるわけです。「真っ黒い人は、黒い人とお付き合いしても白にはならない」というのが当たり前の原理ですよ。となれば、白い人とお付き合いして初めて黒い人は、灰色に変われるわけじゃないですか。愛情という点から見ると、白い人はどんなにひどい目にあっても恨みを持たない人、あるいはどんなに素晴らしい人を見ても嫉妬をしない人、どんなどん底に突き落とされてもありがたいと思える人で、そして愛を中断せず、愛し続けることしかしない人です。
これが愛における真っ白な人だと仮定した場合、その人が私は文鮮明先生ご夫妻だと思っています。従って、真っ白な文鮮明先生の魂と、いかにちょっと黒ずんだ私がとにかく交流することです。すると、白と黒の原理があって混じり合うと灰色に変わるはずです。文先生はどんな黒に交わっても黒くなりません。相手を変えることはあっても自分は変わりませんから、不動の白です。変わるのは私の方です。
こうして、この方の人格といかに関わるか。でも文先生は93歳で、すでに他界しているので、この世にはいらっしゃいません。韓鶴子夫人はいらっしゃいますが、常に韓国を中心として世界を巡回しているから具体的に人格に交わることはできないでしょう。だけど言葉があります。言葉は魂なので、そこに愛が込められているから、言葉を通して私どもは人と交わることができます。
お釈迦様を見てください。今でもお寺などで写経しているところもあります。やはりそこでは言葉を大切にして、もうおそらく2000年前以上の人でしょう。このお釈迦様あたりになると。その方の言葉を書くと、心が浄化されるということで写経というのがあるじゃないですか。それは2500年前近くのお釈迦様の魂と交流しているからですよ。
すると悟りを開いたお釈迦様の魂を受けて、自分の心が変わってくる。これ修行のひとつですよね。では2000年前のイエス・キリストはどうでしょう。この形の言葉を記録したものを聖書と言います。聖書の言葉を聞く、聖書の言葉を学ぶ、あるいは聖書の言葉を書く、するとこのイエス様という方の愛に触れて、憎んでいる人を許すことができるようになる。
これはなぜなのでしょう。2000年前の人と交流したからです。言葉を通して。言葉は時空を超越し、まさに霊的、魂であります。それを「読む」「聴く」「書く」という、この三つの行為をもって、この魂に触れます。「読む」とはすなわち御言葉を読むです。それから口に出して、これを聞くと「聴く」なりますよね。これを訓読と言います。さらにそれを「書く」という「訓読書写」と言ってもいいかもしれません。こうして「読む」「聞く」「書く」という三つの行為を通して文先生の魂と交流するんだと。
この事によって、私どもは毎日毎日これを続けていくと、この松山の婦人のように、「自分の心の中にご主人に対する愛が不足していたんだな」とこういう悟りに導かれていきます。まさにその悟りに導く事が、自叙伝の目的だということです。」と語られました
全体で書写の実践をした後、「愛の架け橋」を讃美し、最後に浅川先生が祝祷され閉会しました。

 

【 真の人生を生きる 】

 家庭は、あふれるほど愛を与え、また与える所です。家庭は、家族を包む囲いであって、愛を閉じ込めるところではありません。かえって家庭の愛は、外にあふれ出て、絶えず流れていかなければなりません。いくら愛があふれ出ても、家庭の愛は渇くことがありません。神様から受けたものだからです。神様から与えられた愛は、いくら掘り出しても底が見えない愛、いや掘れば掘るほどもっと澄んだ泉があふれ出てくる、そのような愛です。その愛を受けて育った人は、誰でも真の人生を生きることができるのです。(自叙伝233~234ページ)

 真の人生は、個人の私的な欲心を捨てて、公益のために生きる人生です。これは孔子やイエス、釈迦、ムハンマドなど、世界的な宗教指導者であれば誰もが語る古今東西の真理です。この真理は誰もが知っていて、あまりにもありふれているので、かえってその価値を見失いがちです。しかし、いくら歳月が過ぎ、世の中が変わっても、この真理だけは変わりません。世界がいくら急速に変わったとしても、人が生きていく本質は変わることがないからです。 (自叙伝234ページ)

  

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