【文鮮明先生自叙伝書写会】

天一国六年天暦9月2日(陽暦2018年10月10日(水))

八王子生涯学習センター(クリエイトホール5階)ホールにて文鮮明先生自叙伝書写会を開催しました。エンターテイメント、書写の証がありました。今回の書写の証は、映像で視聴しました。「書写をして夫の中に神様がいることがわかり、夫がいることがありがたいと感じるようになった」という素晴らしい証でした。
今月のみ言「穏やかな笑顔を忘れず、人生の峠を越える」を全体で唱和し、浅川勇男先生の講話になりました。
「どうしたら幸せな家庭がつくれるのかということであります。文先生の思想は完結明瞭で、幸せは家庭の中にありますということです。
しかし、仕事が幸せの場だと感じる方もいるかもしれません。また、観光や自然にあるという方もいます。果たして、家庭の外に幸せがあるかというとありません。
先ほどの自叙伝紹介映像にもありましたたが、年をとればとるほど妻が尊くなるといわれるほど幸せなことはありませんね。幸福の居場所は家庭ということは、決めつけることがまず大切です。家庭の中に幸せの花を咲かせるのは夫ですか?妻ですか?それは妻です。母親です。
それは、夫は働き、力がありますが、子供は母親から生まれます。新しい命を生み出すときの痛みは女性だけです。男性はその痛みを味わうことはありません。
子供が生まれれば、世話をします。愛情の根源、犠牲になる人が母親です。幸せは母親からもたらされます。家に幸せを出産するのも母親です。お母さんの愛で家が幸せになるかが決まります。
どのような苦難や困難があってもお母さんが失ってはいけないものは笑顔です。お金や物があってもお母さんの笑顔が消えれば、家から幸せが逃げていきます。
お母さんの笑顔は神話にも通じるものがあります。アマテラスオオミカミが弟があまりにも悪さをするので岩戸に閉じこもってしまいました。その瞬間、光が消えていきます。太陽が消えていきます。お母さんが閉じこもった瞬間、家庭の光が失われていきます。
多くの神々は相談し、どうやって岩戸から出てもらうことにしたのでしょうか?それは笑顔です。力ずくで開けたものは力で元に戻ってしまう。自分から出てこなければ意味がないということで、神々が岩戸の前で踊りをして、何をしているのだろうと、岩戸を開けて出てきたという神話です。
お母さんは岩戸に入っていますか?笑顔でいますか?笑う門には福来るといいます。福があるから笑うのではなく、笑えば福が来るというのです。悲しく、辛いときにこそ笑顔にするのです。その時、神様が感動するのです。幸せの時に笑うのではなく、不幸な時に笑うと、幸運がやってきます。
先般、がんを患った女性がいまして、辛い、苦しい、状態でした。夫が一生懸命看病しました。看病していたご主人が先に亡くなってしまいました。
奥さんは、自分が病気にならなければと自分を責めました。夫のいない悲しさ。自宅に帰って鏡を見て笑ってみました。笑えると涙がでてきたそうです。いつも笑顔でいようと、同じように苦しんでいる人々のために面倒をみるようになりました。
不幸な人が不幸な人の面倒を見たのです。人を救って我が身助かるという言葉があります。人間とは自分だけが幸せになろうとしても幸せになれないようになっています。人を幸せにしたら幸せになれるという原理の中にいるのです。
文先生の妻の韓鶴子夫人は、全人類を自分の子供だと愛してくださっています。ですから真の母とされています。私たちには母親がいます。しかし、母親になりきれない母親もいます。本当の母親の愛がわからない方がたくさんいます。
母親は、私たちを育ててくれますが、死後に対しても愛情を注いでくださる方が真の母なのです。韓鶴子夫人は、14人のお子さんを出産していますが、何人かのお子さんが亡くなっています。
その時、どれほどの悲しみ、辛さかと思います。全人類の痛みと苦しみ、悲しみを越えなければ全人類の母として立てないので、それを越えていかれたのです。
韓鶴子夫人は、子供の悩みを相談されても母親としての愛が変わってはいけません。愛を注ぎ続けなければいけません。笑顔を失ってはいけません。そうすれば必ず母親のところに戻ってきます。と言っております。
人生の峠を笑顔で越えていきましょう。」と語られました。
全体で書写の実践をした後、「愛の架け橋」を讃美し、最後に浅川先生が祝祷され閉会しました。

 

【 穏やかな笑顔を忘れず、人生の峠を越える 】

 興進(フンジン)は、年を越えた一九八四年一月二日の早朝、天の国へと旅立ちました。ちょうど一月まえに十七歳の誕生日を迎えたばかりでした。育てた子供を先に送り出す妻の悲しみは筆舌に尽くしがたいものでしたが、声を出して泣くどころか涙さえ流すことができませんでした。私たちは霊魂の世界を知っています。人の霊魂は命を失ったからといって埃のように消えてしまうものではなく、霊魂の世界に行きます。しかし、愛する子供ともはやこの世で会うことも触れることもできないということは、親として耐えがたい苦痛です。思いどおりに泣くこともできなかった妻は、興進(フンジン)を乗せた霊柩車を何度も撫でていました。このように大きな苦労を経験するたびに心に衝撃を受けたはずですが、妻はよく乗り越えてくれました。いくら困難で大変な状況の中でも妻は穏やかな笑顔を忘れずに人生の峠を越えてきました。信徒たちが子供の問題で妻に相談に来ると、妻は笑顔で答えます。「待ってあげましょう。子供たちが道に迷うのは一時のことで、いつかは過ぎ去ります。子供たちが何をしても、絶えず抱き諦めるような気持ちで愛してあげながら、あとは待ちましょう。子供たちは必ず両親の愛の懐の中に戻ってきます」(自叙伝212ページ)

  

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