【文鮮明先生自叙伝書写会】

天一国五年天暦3月14日(陽暦2017年4月10日(月))

八王子市生涯学習センター(クリエイトホール5階)ホールにて文鮮明先生自叙伝書写会を開催しました。オープニングに書写のゆるキャラが今回のみ言を紹介しました。エンターテイメント、書写の証しがありました。
証しは、「娘が書写を通して、神体験をし、神様が共にいることを実感した」という感動的な内容でした。(詳細は、書写の証しを御覧ください。)
今月のみ言「愛する心があれば誰でも心を開く」を全体で唱和し、浅川勇男先生の講話になりました。
講話は、本日のテーマである「愛する心があれば誰でも心を開く」を遠藤実さんご夫妻の例を中心に語られました。
「本日は、遠藤実さんご夫妻のお話をしたいと思います。遠藤実さんは、2008年に78歳で逝去されましたが、その人生を通して「夫婦愛とは何か」という事を考えていきたいと思います。
その作曲された歌詞を見てみれば、親孝行についての唄が多いです。また、母親に対する思いが強い内容があります。遠藤実さんの人生を通して、家族、夫婦、親子関係の愛について学んでいきたいと思います。
遠藤実さんは、1932年東京墨田区で生まれで、親御さんは新潟県人です。遠藤実記念館が新潟にありますが、その中で”貧しさ”というものを感じました。一家5人は、六畳一間に住んでいたそうです。冬になると雪が部屋に積もっていく状況でその雪を体温で溶かしている状態だったそうです。非常に貧しく小学校しか卒業できなかったのですが、それでも大変な状況でありました。
小学校卒業ですから、音符を読めませんでした。学校では、”掘っ立て小屋の子”と言われ、いじめられました。そして、17歳の時、歌手になろうとし、ギターひとつで東京の荻久保に行きました。
東京に出て、街頭、酒場で歌を歌いましたが、そこで人間の非情さを感じました。三鷹の食堂では、いつも一番安いものを食べていました。安いものしか食べれませんでした。秋刀魚の開き定食を毎日食べ続けていました。
ある時、秋刀魚の開き定食を頼んだのにかつ丼が出てきました。食堂の女性店員が、私のおごりだと言いました。食堂での行動を見ていて可哀そうに思い、かつ丼を出してあげたというのです。初めてカツ丼を食べた時、涙をしたそうです。その時に初めて人の情というものを感じました。
この方が節子さんと言い、その後、妻となった方です。この妻が遠藤実を育てたのです。新婚生活は、友達の家、六畳間の間借りでした。しかも天井のない家でした。その後、ようやく西荻窪の四畳半で生活しました。
ごはんを二人で分け合って食べ、一つのマフラーで寒さをしのぎました。希望がないような生活の中でも夢は失いませんでした。夫婦とは同じ夢を見る事であり、同じ夢に向かって生きることです。
戦後、失望している中、”歌で明るくしていく”というのが二人の夢でした。
遠藤実は、17歳の時、上京する時にお月様に語り掛けたそうです。その歌が「お月さん今晩わ」でした。その曲が大ヒットしました。それをキッカケに多くの人が事務所に押しかけてくるようになりました。
上田成幸という青年が訪ねてきたとき、彼にふさわしい歌詞があると、「高校3年生」を紹介し舟木一夫でデビューしました。
東北から来た青年に対して「北国の春」という歌を授けました。その青年が千昌夫さんです。この歌は新潟の情景を現している言われました。その人にしか歌えない歌を選曲していきました。
ある時、奥さんの寝顔を見て慟哭しました。妻がいなければ自分はいなかったと思ったのです。あまりに苦労をかけた妻に棘のある言葉を何度言っただろうか、妻のご飯に何度ケチをつけただろうか。
妻を殴って出て行って銭湯に入って、反省し、もう許してもらえないだろうと銭湯から出たとき、何事もなかったかのように妻が笑顔で待っていたというのです。妻の心、愛は俺のこぶしより強かったと言われました。その様な状況の中で歌詞が出てきたのです。
その妻が最後の時が来ました。64歳の時です。妻は最後、「ありがとうございました。幸せでした」と言われました。最後に妻から「ありがとう」と言われる夫は最も幸せではないでしょうか。
「お前のお蔭で良い曲が作れた」と言ったことに対して、妻は、「あなたの作った歌を聴いてくださった国民の皆様のお蔭です」と言われました。
また、経営している会社がまわらなくなったとき、お世話した人々に背かれました。貧しさは絶えられるが、人間の非情さは絶えられませんでした。愛した人から裏切られた事は、耐えがたいものでありました。
母の懐以外に耐えられるすべがないと思い、新潟に帰りました。その時、少し熱過ぎるお茶を出してくれた。このお茶を忘れなかったと言います。
母は、「お前の作った歌を愛してくれる人が必ず出てくる」と言われました。母は、どんなに貧しくても、愚痴、弱音だけは言わなかったそうです。
そのような母の姿から、もう一度立ち上がろう、真心をこめて母を歌おうと思いました。貧しくても父と母の温もりは絶対に忘れませんでした。遠藤実は最後、「この地球上で親孝行ができるのは人間だけである」と言われたそうです。
この様に、遠藤実というひとりの人生を通して私達も学ぶものがあります。夫婦愛であります。
人類の真の父母として歩まれた文鮮明先生ご夫妻のみ言を書写し実践していきましょう。」と語られました。
全体で書写の実践をした後、しあわせってなんだろうを讃美し、最後に浅川先生が祝祷され閉会しました。

 

【 愛する心があれば誰でも心を開く 】

 私は誰とでも気持ちがすっと通じます。お婆さんが来ればお婆さんと友達になり、子供たちが来れば子供たちとふざけたりして遊びます。相手が誰であっても、愛する心で接すればすべて通じるのです。(自叙伝76ページ)
監獄暮らしといっても特に恐ろしくはありませんでした。経験があったからでしょうか。その上また、私は官房長と親しくなるのが上手です。二言三言話をすれば、どんな官房長でもすぐに友達となってしまいます。誰とでも友達になれるし、愛する心があれば誰でも心を開ようになっています。〈自叙伝101ページ)
訪ねてくる人には、三歳の子供であろうと腰のまがった眼の遠い老人であろうと、愛の心で敬拝し、天に対するように仕えました。年取ったお爺さん、お婆さんが訪ねてきても、夜遅くまで話をしました。「なんだ、年を取った老人なので嫌だな」というような思いを持ったことは一度もありません。
人は誰でも尊いのです。人が尊いことにおいて、老若男女に差別はありません。(自叙伝97ページ)

  

  

 

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