【文鮮明先生御夫妻御聖誕記念祝賀自 文鮮明先生自叙伝書写会】

天一国四年天暦1月3日(陽暦2016年2月10日(水))

八王子市芸術文化会館(いちょうホール)小ホールにて自叙伝書写会を開催しました。オープニングに書写のゆるキャラが今回のみ言を紹介しました。エンターテイメント、全体で「幸せってなんだろう」を讃美、書写の証しがありました。
証しは、「自叙伝書写と統一原理を学んで幸福の扉を開いたと実感した。」という感動的な内容でした。(詳細は、こちらを御覧ください。)
今回のみ言「福の中で最も貴い福は、神の愛」を全体で唱和し、浅川勇男先生の講話になりました。
講話は、「どうしたら幸せになれるのか。」というテーマで始まりました。
NHKの連続テレビドラマ小説「朝が来た」の主人公、広岡浅子さんを取り上げられました。
浅子さんは向上心がありました。江戸時代は男尊女卑でした。「女は一生勉強する必要ない」と言われてきました。
浅子さんのご主人は、毎日のように道楽をしています。三味線ばかりをして経理に携わりませんでした。
浅子さんはご主人から経理を任され、生きがいをもって生きることができました。
ご主人が亡くなる時に、浅子さんは、「あんたは日本一の妻だったよ」と言われました。
経理の勉強、簿記、銀行の仕組みを学んでいき、明治維新ですべてが改革されていったときに、経理の実権を握っていた浅子さんが銀行で働き、改革していくのです。
動力は石炭だとして、現場の人たちと共に働きました。経営者は現場主義であると。その中で様々な事業(炭鉱業、紡績工場、生命保険など)を立ち上げていきます。
経営者として財政界の人々と接する中で、立派な男がいない事を知りました。女性をもて遊んでいるのです。妾がいるのが立派な男ですか?お金があっても心は空しかったのです。
「福の中でも最も尊い福は、神様の愛です。」出会いこそ福です。神様の福は出会いをもって始まるのです。
何もない成瀬仁蔵さんに出会い、浅子さんの心を動かして生きます。成瀬さんは、女性を大切にする。本当に尊く扱うことが文明開化だということをアメリカに行って学びました。キリスト教の教えを学んで知ったのです。
産業の発展が本当の意味での文明開化ではないのです。ですから明治は文明開化していないのです。ですから、最高の女子大学を作ることなのです。成瀬仁蔵さんは、いかなる政治家、経営者にない目の輝き、清さがありました。
こんな青年は見たことがない。女性を復興させ、女性らしくするのです。
浅子さんは、成瀬さんに、あなたは夢を語り続けて下さい。私はその夢を実現させます。と言われ成瀬さんの理想を実現していきます。
無いものは、ある人と出会わせます。
成瀬さんは、日本女子大学という名で創設したいこと、必要な資金、必要な敷地を浅子さんに訴えていきながら、実現していくのです。
浅子さんの精神は、文先生の精神に通じます。私だけでよいという言葉は私の辞書にはありません。家庭が幸福にならなければ、国、世界を変えることができません。
60歳になった広岡浅子さんは、イエス・キリスト、聖書、その根本である神様のことを成瀬さんから学ばれました。週2日空けて神様の勉強をしていきました。
浅子さんは、頭では神様が愛であることがわかるが、実感が湧かないというのです。しかし、病気で意識不明の状態になる中で、計り知れない清らかな美しく膨大な愛で包まれる体験をしていきます。
病床で神様の愛を実感したのです。意識を取り戻して生きることができたときに、「私は今日、神様から命を貸してもらいました」と言われたのです。
お金も神様からお借りしたものなので、自分で手をつけることができません。神様のみ意(こころ)のままに残りの人生を生きられました。
そして、YWCAというキリスト教を広める施設を作っていきます。その中で、子供たちの文学をつくりたいという女性が現れました。それが、村岡花子(「花子とあん」)です。
浅子さんの娘は、神様とイエス様を信じて病気になるのかと言いました。
その時、浅子さんは、「お母さんは得られるものは全て得ました。その点においては幸せでした。しかし心の病にかかっていました。それが傲慢という病気でした。
マスコミからもてはやされる中で、人を見下すようになっていました。傲慢という病気は体の病よりも重いのです。自分はえらい人間でない。この病気にかかることによってそのことを知ったので、この病気は神様の愛なんだよ。
物質的に幸せになり続けて、それが続くと人は傲慢になっていくので、どこかで帳尻を合わせなくてはいけなくなります。私は、死ぬことが怖くありません。それは、職場が変わるだけですから。
そこでイエス様がいてやることがまっているからです。まだこの世の中でやることがあれば神様が生かしてくれるでしょう。
ですから泣くことはないのです。」と娘に言われました。
浅子さんが唯一涙を流したときが神様の愛と出会ったときでした。
どうして神様が浅子さんの命を延ばしたか理由がありました。
それは、第一次世界大戦でした。
この中で浅子さんは、なぜ世界で殺し合いをするのかと悩んだ末、病床で最後の文章を書きます。
この世界大戦は何のためにあるのか。その理由は生みの苦しみである。この世界も一人の命を生み出すべく陣痛の苦しみをしている。イエス・キリストが再臨されるということを予言されました。
その方は生き地獄から天国にする役割があります。その方は、大宗教家といわれるかもしれません。しかし、浅子さんが生きていれば、「いける神の子キリストである」と言われるでしょう。
書写を行うとなぜ願いがかなうのでしょうか。
「あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたにとどまっているならば、なんでも望むものを求めるがよい。(ヨハネ15:7)」。とイエス様が言われました。
文先生のみ言が書写を通して心にとどまっているのなら願いは叶うはずです。文先生のみ言を書写して幸福な家庭を築いていける事をお祈りします。と語られました。
全体で書写の実践をした後、愛の架け橋を讃美し、奉納された書写の前で浅川先生が祝祷されました。最後にお楽しみ抽選会、記念撮影をして閉会しました。
この度は文鮮明先生御夫妻御聖誕を記念して、御父母様のお写真が貼られたチョコレートを参加者の皆様にプレゼントされました。

 

【 福の中で最も貴い福は、神の愛 】

 結婚は、私のためではなく相手のためにするものです。結婚するとき、立派な人やきれいな人ばかりを追い求めるのは間違った考えです。人間は、人のために生きなければなりません。結婚するときも、その原則を忘れてはなりません。
いくら愚かな人でも、美人よりもっと愛そうという心で結婚しなければなりません。福の中で最も貴い福は神の愛です。結婚はその福を受けて実践することです。
その貴い御旨(みむね)を理解して、真の愛の中で結婚生活をし、真の家庭を築かなければなりません。
世界平和とは、その言葉どおりに雄大なものではありません。家庭が平和であってこそ社会が平和になり、国家間の葛藤が消え、それがあってこそ世界平和への道が開かれます。
ですから、完全な家庭こそが重要であり、家庭の責任はそのくらい大きいのです。
「私さえ幸せに暮らせばよい、私の家庭さえ守ればよい」という言葉は、私の辞書にはありません。(自叙伝228-229P)

 

2016.02.10_shosha07 2016.02.10_shosha18 2016.02.10_shosha28

2016.02.10_shosha31 2016.02.10_shosha32 2016.02.10_shosha53

2016.02.10_shosha54 2016.02.10_shosha55 2016.02.10_shosha58

2016.02.10_shosha66 2016.02.10_shosha67 2016.02.10_shosha76

   過去の自叙伝書写会