【幸福を招く文鮮明先生自叙伝書写会】

天一国三年天暦9月29日(陽暦2015年11月10日(火))

八王子市芸術文化会館(いちょうホール)小ホールにて自叙伝書写会を開催しました。オープニングに書写のゆるキャラが今回のみ言を紹介しました。エンターテイメント、全体で手をつなごうを讃美、書写の証しがありました。
証しは、「自叙伝書写と統一原理を学んでから癌が治っていき、精神的にも肉体的にも明るく元気になりました。」という奇跡的な内容でした。(詳細は、こちらを御覧ください。)
今回のみ言「穏やかな笑顔を忘れずに人生の峠を越える」を全体で唱和し、浅川先生の講話になりました。
講話は、「どうしたら幸せになれるのか。」というテーマで始まりました。
「自叙伝書写が始まって4年半になります。東日本大震災から始まりました。日本の全ての復興の為に行っております。文鮮明先生のみ言を書写することによって世界全体の病をなくす運動をしています。
ラジオ書写が大阪で始まりました。ラジオを聞いて書写するという内容です。私たちが意識する以上に、早くみ言を世界の人々に伝えたいという天の意志があるように思います。
人は健康であることを願いますが、病であれば、薬を飲めば治るかもしれません。しかし、夫婦の心が通じ合わないという心の病気はどうしたら治るののでしょうか。多くの人が、夫または妻というお客様の喜ばせ方がわからないという悩みを抱えています。親子、嫁姑の間、人間関係においても同じ事が言えます。心の病は体の病や精神の病よりも問題かも知れません。
その心の病が書写をしてなぜ治るのかということですが、それは文先生のみ言は言葉ではなく愛なのです。愛が分からなくなった人に愛っていいなと思わせる様に生きてこられました。しかし、愛を尽くしていつも感謝されたわけではありません。
文先生は、アメリカを愛しに行って監獄に入れられました。しかし、文先生は監獄でも自分を監獄に入れた者の為に祈りました。迫害した者のために幸福になるように祈ったのです。その心が伝わっていきました。住んでる世界や環境が問題ではないのです。心が天国人なのです。
文先生から出てくる言葉は、愛であり情であるため、その言葉に触れた人が幸せになっていく力を持っています。ですから、文先生の言葉を書いただけで心の病が治るのではなく、文先生の真の愛に触れることによって心の病が治っていくのです。
文先生は、世界で活躍された方ですが、奥様がそれを支えたのです。どんなに多くの人生の峠を越えて来たかわかりません。毎日の様にその峠を越えていかれたのです。毎日人生の峠を超えてきましたが、その時に一番重要なものは妻の笑顔でした。
私たちが忘れてはならないものは、笑顔です。家族の中や人々との関係の中で絶対に忘れてはいけません。笑顔こそ幸運をもたらします。どんなに辛い時であっても人生の一番大切な笑顔を忘れず、絶やさすに歩めが幸福になるのです。
また、家などの万物はは皆さんの為に生きています。全てのものは使ってくれる人が喜んでくれるのを望んでいます。神様は笑顔が大好きだと言っています。人間がいつも笑顔でいれば、満開の桜以上の喜びを神様は感じることができるのです。文先生のみ言を書写してどんな困難な中にあっても笑顔で克服していく私たち一人ひとりになっていきましょう。」と語られました。
全体で書写の実践をした後、愛の架け橋を讃美し、最後に浅川先生が祝祷され閉会しました。

 

【 穏やかな笑顔を忘れずに人生の峠を越える 】

 興進(フンジン)は、年を越えた一九八四年一月二日の早朝、天の国へと旅立ちました。ちょうど一月まえに十七歳の誕生日を迎えたばかりでした。育てた子供を先に送り出す妻の悲しみは筆舌に尽くしがたいものでしたが、声を出して泣くどころか涙さえ流すことができませんでした。私たちは霊魂の世界を知っています。人の霊魂は命を失ったからといって埃のように消えてしまうものではなく、霊魂の世界に行きます。しかし、愛する子供ともはやこの世で会うことも触れることもできないということは、親として耐えがたい苦痛です。思いどおりに泣くこともできなかった妻は、興進(フンジン)を乗せた霊柩車を何度も撫でていました。このように大きな苦労を経験するたびに心に衝撃を受けたはずですが、妻はよく乗り越えてくれました。いくら困難で大変な状況の中でも妻は穏やかな笑顔を忘れずに人生の峠を越えてきました。信徒たちが子供の問題で妻に相談に来ると、妻は笑顔で答えます。「待ってあげましょう。子供たちが道に迷うのは一時のことで、いつかは過ぎ去ります。子供たちが何をしても、絶えず抱き諦めるような気持ちで愛してあげながら、あとは待ちましょう。子供たちは必ず両親の愛の懐の中に戻ってきます」(自叙伝212ページ)

 

【自叙伝書写の証し】

「息子からの手紙」
<60代婦人>
私は最近、自叙伝書写を始めました。息子が6歳の時に夫を亡くしました、お父さん子だった息子は、それを期に口数が少なくなりました。息子が何を考え何を思っているのかよく解りませんでした、子供を養う為に女で一人で仕事もしながら育てて来ましたので、十分な親子の関係を築いて来れなかったと感じておりました、いつか普通の会話を息子と出来るようにと、書写をしながらずっと祈願してまいりました。そんな時、感動的な出来事がありました。その日は息子の誕生日でしたが、息子から手紙と贈り物が届きました。手紙には「お母さんへ、今日は俺の誕生日。生まれてきたことを祝う日。というよりも、お母さんが大変な思いをして生んでくれた事に感謝する日。「ありがとう」感謝の気持ちを、少しだけ物に変えて。これからも、よろしく」と短い文ですが、書いてありました。いままでの人生で最高のプレゼントをもらいました、嬉しくて涙が止まりませんでした。心の中の何かが解かれたようでした。これも自叙伝書写を書き始めての出来事です。これからも続けていきます。ありがとうございます。

 

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