【幸福を招く文鮮明先生自叙伝書写会】

天一国三年天暦7月28日(陽暦2015年9月10日(木))

八王子市芸術文化会館(いちょうホール)小ホールにて自叙伝書写会を開催しました。オープニングに書写のゆるキャラが今回のみ言を紹介しました。続いてトロンボーンと歌のエンターテイメント、全体で手をつなごうを讃美、書写の証しがありました。
証しは、3人の方の証しが紹介されました。その内の1人の証しをご紹介します。「Sさんは19年前に奥さまを亡くされ40代のご長女さんと一緒に生活されていました。書写を熱心に実践して、書写の言葉の原点と言ってもよい「統一原理」を学んでいかれました。週一回の講座で学びながら、心のあり方が変化するのを感じておりました。少しずつ何かが転換していきました。Sさんにとって、一番の心配事はご長女さんの結婚でした。こればっかりは、親としてどうすることも出来ず祈るばかりでした「統一原理」を学び、神様の存在を感じ、信じる心を強く持って、日々、神様に祈願するなかで、Sさんに大きな天運が降り注ぎました。なんと、ご長女さんに良い縁があって結婚することが出来たのです。Sさんは『満面の笑み』をうかべて「本当にありがたいです」と、この事を神様に心から感謝されています。最近ではお友達と一緒に家庭で書写会を楽しく行っております。」という内容でした。(他の2人の方の証しは、Tさんの証しMさんの証し、を御覧ください。)
今回のみ言「愛の心で敬拝し、天に対するように仕える」を全体で唱和し、浅川先生の講話になりました。
講話は、「どうしたら幸せになれるのか。」というテーマで始まりました。
「年を重ねたらより幸せになることが理想なわけですが、現実は、そうではなく、結婚してから、夫婦関係、親子関係、嫁姑関係など不幸になっていく場合があります。命よりも尊いのが幸福です。人は、幼いころから教育がありますが、本当に幸せになった人がいるのでしょうか?
国語、算数、理科などの教科がありますが、どうしたら幸せになるのかという教科がないのです。
その為には、ものの考え方と人との接し方を知らなければいけません。
文鮮明先生はどうしたら幸せになれるのかを私たちに教えてくれています。
幸福になるためには自分自身の心の中の考え方、人との接し方があるのです。
愛の心で敬拝し、天に対するように仕えるように親、夫、嫁、姑に対して向き合ったことがありますでしょうか?
神様に対するように、隣人に仕えなさいということです。そのように接した人は幸福になります。
人は誰でも尊いのです。人を尊いと思いながら生きる人は幸福になります。
老若男女において誰に対しても尊ぶことが大切です。
幸福は人を尊く扱うことで訪れてきます。
ここに車を尊く思っているご主人がいました。車は1000万円です。お金をかけたものを尊びますね。
その車を大切にするあまり、立派な車庫を作りました。そして、車を動かすと汚れてしまうので、台車を買いました。
妻が車を少しでも触れると注意しました。妻よりも車という考えです。そうなると夫婦関係が良いわけがありません。
あなたが一番大切にしているものは何ですか?と聞いたときに、妻、夫、子供であれば幸せですが、物であったら不幸になる可能性があります。それは、自分が不幸の種を蒔いているのと同じです。一番尊いのが、自分だとすると、他人を利用しますね。どうして私を尊く扱わないのかという要求に変わっていきます。要求が満たされないと不平不満になり不幸になります。
人を尊く扱うと自分も尊く扱われる原理があるのです。
文鮮明先生は、自分自身を尊く思っていません。文鮮明先生が聖和されたときに多くの日本人が訪れました。私が偉いから侍りなさいとはいいません。文鮮明先生が私たちを尊く扱って下さっていたのです。私たちを神様のように仕えてくださったのです。私を大切にしてくれる人のところに人が集まっていくのです。
ある人の不平不満を言う前に、その人を神様よりも尊く扱ったことがありますか?
文鮮明先生が高校生の時、よく橋の下にいる乞食のところに行き、髪の毛を切ってあげました。乞食の方は言うに言いえない感謝をしたそうです。
人は尊く扱われるとお礼をしたくなるのです。乞食があげるものがなく自分の食べ物を高校生に差し出しました。手垢のついた手で差し出されましたが、気持ちが伝わって来たのでそれを喜んで食べたと言います。
文鮮明先生は65歳で牢獄に入りました。
真理を貫いた結果がいつも牢獄でした。
アメリカを愛し、アメリカのダンベリー刑務所に入れられました。
その中の囚人たちの性格は、ことごとく自己中心的で、楽をすることでした。
文鮮明先生は、そのような神を否定し、自己中心的に生き、愛のかけらもないような人に対して神様のように仕えたのです。
ここで一つのお話をしたいと思います。嫁と姑がひとつになることが、家運繁栄、子孫繁栄の鍵となる350年前の江戸時代、宮城県での物語です。
とある女性が嫁ぎました。その嫁は、夫を心から愛していました。そして姑に対しても敬っていました。そんな嫁は、夫から愛され、姑から愛されていました。しかし、ある日をきっかけに姑と夫から軽蔑されるようになりました。
なぜそのようになったのか理由がわかりませんでした。
ある日、離縁すると言われました。理由を聞きましたが教えてくれませんでした。
嫁は悲しみながらも実家に帰っていきました。
しばらくして、以前嫁いだ家が断絶したとうわさを聞きました。夫は自害、姑はショックのあまり目が見えなくなりました。
嫁は、姑を愛していたので、姑の面倒を見ようと決心しました。嫁は以前、姑に嫌われていたので、自分の存在を気づかれずにお世話をしていました。
ある日、以前、姑が「きのこ汁」だったのを思い出して、きのこ汁を作ってあげようと思い、きのこを採集して作ってあげました。
姑は、その味噌汁を一口飲んだとき、嫁の姿が思い浮かび、涙を浮かべて飲めなくなりました。
姑は言いました。実は、わが息子が生きていたとき、その嫁が作ってくれたきのこ汁と同じ味がする。
そして、嫁を追い出した理由を話したのです。当時、仙台藩の関係で家が断絶するかもしれないと思ったとき、息子と相談し、嫁を巻き添えにさせたくない一心から、嫁にわざと悪行、悪口を行って離縁しようと決心したと。悪行、悪口をしているときは本当に辛かった。
そして、離縁の事を伝えた時、嫁は泣きながら帰っていったが、私の心の中に深い傷となってしまいました。
その時、嫁が作ってくれたのと同じ味がすると言われました。
嫁は、それが私です。と涙ながらに言ったのです。
その後、二人は別れた数年間を取り戻すべく、仲良く暮らしたのです。
嫁も姑もお互い、天を拝するように仕えたのです。
このような道を文鮮明先生も歩んで来られました。
罪人を神様のように扱ったのです。
心の書写は、文鮮明先生の心を私の心に書き写すことなのです。
この様な真の愛の人生を生きた文鮮明先生のみ言を書写して、私たちも為に生きる実践者となっていきましょう。」と語られました。
全体で書写の実践をした後、愛の架け橋を讃美し、最後に浅川先生が祝祷され閉会しました。

 

【 愛の心で敬拝し、天に対するように仕える 】

 子供たちが来れば、「聖書」のみ言を付け加えた童話を聞かせて、一緒に遊びました。子供であっても必ず敬語を使い、真心を込めて世話しました。そうしながら、私が伝えたい新しいみ言を誰かが聞きに来るだろうと待ったのです。ある時は一日中門の外を眺めて、人を懐かしく思ったりもしました。そうやってじっと待っていると、やがて篤実な信仰信を待った人たちが私を訪ねてくるようになりました。その人たちを迎えて、私は夜通し新しいみ言を教えました。訪ねてくる人には、三歳の子供であろうと腰の曲がった目の遠い老人であろうと、愛の心で敬拝し、天に対するように仕えました。年取ったお爺さん、お婆さんが訪ねてきても、夜遅くまで話しました。「なんだ、年を取った老人なので嫌だな」という思いを待ったことは一度もありません。人は誰でも尊いのです。人が尊いことにおいて、老若男女に差はありません。(自叙伝97ページ)

 

【自叙伝書写の証し】

「書写は「気づき」を与えてくれます」
<50代婦人>
「私は今、正しく生きているか」という言葉を書写しております。そのとき、あることに気づかされました。夫婦も親子も友達感覚と言っていいような感じで、お互いに親しみがあり、決して悪い家族関係ではないと思っていました。ところがある日、洗濯物を干しているときのことです。娘のパンツの下に、主人のパンツを干していることに「ハツ!」とさせられ、気がついたのです。それまで、そんなことなど気にしたこともありません。何気ないことのようですが、私にとっては「衝撃」のような気づきでした。私は自分自身を深刻に振り返ってみました。「私は今まで、こんなふうに夫を扱ってきたのではないか?本当に夫を大切にしてきただろうか?」すると、今まではさしたる問題もないと思ってきた夫との関係にも、私が夫を軽んずる心や態度が、随所にあったことに気がつき始めたのです。心の書写によって家族の関係がよくなって行くことを感じます。

 

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