【霊界感謝還元祈願礼式】

天一国三年天暦4月22日(陽暦2015年6月8日)

 必勝2020V南北統一祈願霊界感謝還元祈願礼式を開催しました。
開式前にエンターテイメントを行いました。開式宣言の後、代表祈祷、証し、霊人紹介と進行しました。今月の霊人は貝原益軒(かいばら えきけん)を紹介しました。次に山本文登教区長のみ言、全体で祈願書を奉納し、山本文登教区長の祝祷、全体報告祈祷の順に進行しました。
霊人紹介:貝原益軒(かいばら えきけん)
筑前国(現在の福岡県)福岡藩士、貝原寛斎の五男として生まれる。名は篤信、字は子誠、号は柔斎、損軒(晩年に益軒)、通称は久兵衛。
1648年(慶安元年)、18歳で福岡藩に仕えたが、1650年(慶安3年)、2代藩主・黒田忠之の怒りに触れ、7年間の浪人生活を送ることとなる。1656年(明暦2年)27歳、3代藩主・光之に許され、藩医として帰藩[1]。翌年、藩費による京都留学で本草学や朱子学等を学ぶ。このころ木下順庵、山崎闇斎、松永尺五、向井元升、黒川道祐らと交友を深める。また、同藩の宮崎安貞が来訪した。7年間の留学の後、1664年35歳の時、帰藩し、150石の知行を得、藩内での朱子学の講義や、朝鮮通信使への対応をまかされ、また佐賀藩との境界問題の解決に奔走するなど重責を担った。藩命により『黒田家譜』を編纂。また、藩内をくまなく歩き回り『筑前国続風土記』を編纂する。
『大和本草』(国立科学博物館の展示)
幼少のころから読書家で、非常に博識であった。ただし書物だけにとらわれず自分の足で歩き目で見、手で触り、あるいは口にすることで確かめるという実証主義的な面を持つ。また世に益することを旨とし、著書の多くは平易な文体でより多くの人に判るように書かれている。
70歳で役を退き著述業に専念。著書は生涯に60部270余巻に及ぶ。主な著書に『大和本草』、『菜譜』、『花譜』といった本草書。教育書の『養生訓』、『和俗童子訓』、『五常訓』。思想書の『大擬録』。紀行文には『和州巡覧記』がある。

wikipedia 貝原益軒

2015.06.08_kaibara 2015.06.08_reikai

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