【ユダヤ・キリスト教講座「第5回」(最終回)】

天一国二年天暦2月17日(陽暦2014年3月17日)

石丸先生をお迎えして、「ユダヤ・キリスト教」について講義をして頂きました。
以下に、概略を記載します。
霊界は、心が通じないと働けない。また心が通じるためには事情が通じないといけない。霊界と言っても人なのです。謙虚な心で過去になにがあったのか?どう思いがあったのか。この時間が祭事の時間と思って。

 

みちのくキリシタン 支倉常長(はせくらつねなが) 後藤寿庵(ごとうじゅあん)
1623年冬ポルトガル宣教師カルバリョ神父と8名の日本人キリスタン殉教。カルバリヨ神父は1611年一旦海外へ追放され裏口から再度日本に戻ってきた。長崎右衛門としてちょんまげまでして日本人になりすまし宣教活動をしていた。秘密の中でネットワークがあった。拷問は水責め。2月18日と2月22日
その方々には助けてくれとは祈りません。皆様がたの精誠で今私たちがいること、TPが勝利していること。
また岩手の大籠のクリスチャン。今回二世の成和学生大会全国優勝したのが岩手の大籠クリスチャンの劇であった。劇に臨んだ二世たちは何度も大籠に祈りに行きながら、400年まえの方々の心情が分かってきた。
上に行くまで道がくねっていて、箇所箇所に十字架が掲げられていた。キリシタンたちは上に行くまで、箇所箇所の十字架を確認しながらイエス様が十字架まで辿っていった道のりを訪ね、最後感謝していかれた道を訪ねながら当時のキリシタンたちは訓練していた。
私たちが祈ると言うことは内的な実戦。通じていく中で、仲間のようになっていく。それは私の味方になっているのです。
肉体だけの苦痛ではない。イエス様の苦痛は肉体ではなかった、4000年神様が準備してきたものを全て奪われてしまうという苦痛にあった。そん中でも自らを殺すものを愛し、許して行かれたことの意味。2000年のキリスト教の求めてきた道。
全てのキリスト教徒たちが、信じれば救われるではありません。キリストの心情を訪ね求めていった方々もたくさんいました。どの様に生きたのか。
お父様も主のみなによって祈っていた時代があった。
私のクリスチャンとしての始めは十字架にかかったイエス様を求めて、イエス様の十字架は人類、私の罪故にイエス様を十字架につけてしまった。その痛み、罪からの悔い改めから始まりました。イエス様の十字架の死の意味。キリスト教の確信はここに追求できるか。殉教クリスチャンたちはその事を求めて殉教していかれた。
その後TPによって十字架の本当の意味を理解していきました。
人間自身の罪の痛みを感じる。(キリスト教2000年の営み)
ペテロの回心と霊的重生の役事。ペテロの墓の上にバチカンが立っています。
ゲッセマネの園での祈り。大祭司長カヤパの邸の中庭にで主を三度否定する。イエス様がペテロに前もって、あなたは鶏が鳴く前に3度私を否定するだろう。これはただの予言をしたのではなくて、イエス様は予言ではなくて、サタンの試練がある事を知っていたので、愛からの言葉として気をつけなさいであった。
私も左の盗賊のようになっていないか?イエス様に私の事を救ってみろと言ってないか?
イエス様は40日で弟子たちを探され許され整えたが、ユダだけは手を付かられずマチヤスと言う別の弟子を立てられ12弟子を整えあらた。
ペテロは自分の命より霊的ではあるがメシヤとしてのイエス様の命が尊いといって命を捧げていくところまで生まれ変わっていった。
聖霊降臨を望む祈り
始めはキリスト教という名前をもって出発したわけではなかった。ユダヤ教の今までの価値観からいくと木にかけられて亡くなっていくものは罪悪人だけではなくて、神からも呪われたものという価値観であったが、復活したイエス様と共に立った12弟子から周りに弟子たちからイエス様のメシヤとしての実感から広まっていった。
イエス様の十字架は必然的であった?この価値観は再臨のメシヤが解かなければならない内容であった。
70年、80年台のカトリックは反共産主義であった。始め思想新聞をもって原研の食口と初めて会いました。最初共産主義の学生かと思った。そしてイエス様は失敗したと言われ壁ができました。そして数年経ちましたが、内か忘れられない。マスコミや雑誌になったときにどうしても、気になって目がいってしまうようになった。それは私たちの確信でした、イエス様の部分に触れていたから。イエス様の復活まで否定されているのかと思った。
そしてお父様とであったときにイエス様は半分はなしてくれた、最後やり残している事があると。しかし最終的にはお父様をメシヤと信じられるまでは、どうしても受け入れられなかった。お父様のイエス様の価値を下げたものではない。イエス様は間違いなくメシヤであったこと。イエス様は人間なんだ?これは堕落人間と思われるので×。しまし真の人間であったは大丈夫です。今のクリスチャンの中にもイエス様は人間だよね。創造本性をもった真の人間。2000年キリスト教の歴史を要しても簡単な答え。
イエス様、狐には明る穴があり・・・人の子には枕・・・イエス様は会堂を追われ、小さな町々で語ってきましたが、最後語る場もなくなった。強大なローマ帝国でありながらも、神のみ旨が何で有り、何を願い成すか分かりながらも、語るところすら無くなっていった。・・悲しいものは幸いである・・・・
最初ユダヤ人は変なやつと思われていたが、彼らの姿が多くの方々の模範となって行きながら受け入れられるようになってきて世界各国に広まっていった。
ユダヤ人の礼拝は訓読に始まり、訓読に終わる。本当は毎日だが1週間に1日だけでもその様な生活をしましょう。神様との体験を思い起こし、追体験する日が安息日。
安息日は天地万物の創造の7日目を記念する日。ユダヤ人たちが世の中に知らしめた安息日。意味は神の創造の7日喜びを世に伝えていこう。その中心が会堂であった。会堂の中心はみ言であった。これはイエス様が誕生する前から準備されていた。そしてイエス様はその主人としてこられたが、その中心、会堂から追い出された。下僕の門番から締め出された。
ユダヤ教(内的宗教)。イスラエル国家(外的宗教)
ローマ帝国
インフラ整備。「人間が人間らしい生活を送るたえには必要な大事業」道路、橋、交通網など
イエス様の血を流している姿を涙を流すレベルではなくて、もっと大きな意味で理解していく。
イエス様の誕生は、馬小屋とありましが、実際は小さな洞穴に動物たちがいた。また数キロの所にエリザベツの家もあったのになぜ行けなかったか?
その様な背景があって。・・お父様の出会ったイエス。
聖女の使命
ユダヤ教の使命=キリスト教の使命
メシヤを迎える民族的・国家的使命
聖心の信心
サクレ・クール寺院。イエス様の肉体的苦痛よりどの様な心情と痛み感じてきたのか知りたい。
聖マルガリタ・マリア・アラコク
イエス様の啓示は茨が巻き付いている心臓だった。
リジューのテレーズ1873年~1897年24歳で病気で亡くなる。(イエスの花嫁の心情を求めて=肉体を失ってもイエス・キリストの十字架の痛み、渇きを癒したい。)
亡くなってのち彼女の日記から彼女が何を思い修道。

2014.03.17_cig