【ユダヤ・キリスト教講座「第4回」】

天一国元年天暦12月14日(陽暦2014年1月14日)

石丸先生をお迎えして、「キリスト教とは?」というタイトルで講義をして頂きました。
以下に、概略を記載します。
キリシタンが、ただ単に大変だったという話しではなく、キリスト教徒の生き方とは。

Ⅰ.キリスト教という生き方

トマス.ア.ケンピス。ドイツ生まれ。
*イエスキリストにならう生き方。
*使徒たちの体験をたどる生き方。

Ⅱ.キリスト教の人生観

イエスキリストと聖霊によって新しい生き方をしていく。スピリチュアル霊性。
1.イエスの宣教命令。マタイ28.19-20
使徒たちは自分の使命だと思って出発して行かれた。
2.パウロの回心と世界宣教
ユダヤ人はパウロがユダヤ教とキリスト教を分けたとか、ユダヤ教を裏切りキリスト教についたなど十字架を強調したなど事実なものはありもしれません。しかしパウロの業績は大きなものがありまし。いわば国際的な感覚を持ったユダヤ人がいた事です。
しかしユダヤ教の伝統はよく守る方でもあった。ユダヤ教の成人式は13歳でコーランを理解してこそです。パウロは牧師としての教育を受け、初めはイエス様がメシヤだというキリスト教徒たちを先頭をきって迫害していました。神様を熱心に愛することを思い真剣にイエス様がメシヤだというキリスト教徒を迫害していきました。目くらになったパウロ。
しかしパウロの首を掴み、イエス様は叫んだ!サウロ(パウロ)あなたは誰か?あなたが迫害しているのはイエス・キリストだ!アナニアがパウロの目を当てたら目からウロコが取れる様になり、目が見える様になった。パウロは聖霊に満たされ回心していきました。(目からウロコの言葉はパウロの回心から来ています)
世界宣教に出発していきましたが、かつてのパウロの様にユダヤ人から激しく迫害を受け泣きに泣きました。なぜ分からないのか?最後に決意しました。ユダヤ教を捨て、異邦人伝道に向かいました。しかし、本来はユダヤ人を捨てたのでは無く、順番を変えて、まず異邦人を伝道してユダヤ人を導いていく決意して行かれた。ユダヤ人が責任を果たせず、カイン圏側にいた異邦人から伝道して行かれた。異邦人たちが、ユダヤ教の伝統の根幹をつかんで出発していきましたが、ユダヤのネットワークを使いながらユダヤの伝統を知らない方々を伝道してキリスト教の基盤を作って行かれた。
世の中の人でもキリスト教の中世は暗黒時代だと理解しています。しかし豊かな時代でもありましたが責任を果たせず、蕩減的に厳しくなっていきました。その中で地下水の様に暗黒の中で隠れて本当のキリスト教とは何か追求してきたのが修道生活でありました。
真の御父母様のみ言。
キリスト教はイエスの体である。イエスの体は教会員たちです。人なのです。人がイエスの体なのです。教派が別れていてどうして一つの体と言えるのか?イエス様の体が引き裂かれている。イエス様、神様が悲しまれている。2000年間キリスト教がしてきたことは祭物です。

Ⅲ.修道

1.修道制の変貌
初め極端に禁欲など目的にらなってしまい行うものも出て来てしまった。
① 修道生活の起こり。→迫害と殉教→禁欲→修道生活(使徒的共同体)
② 修道生活の刷新。
3世紀、隠修道師、聖アントニウス。
6世紀、観想修道師、聖ベネディクトゥス。
13世紀、托針修道師、アッシジなど。
はじめは極端な難行などおこなわれていきました。
最後はイエス様のみ言を実践していかれました。
2.修道生活の刷新
聖アウグスチヌス。
彼は学問的ゆり実践的、実感的なまのが多かった。修道生活の規範を作られた。
アウグスチヌスのスローガンは祈れ働け!これが伝統となり守られてきた。初代教会をモデルとして来ました。その共同体をみれば神様が分かる様にしたかった。
君たちがやることは神様が分かるとか分からないではない。神様を顕現させる事です。それが全ての目的です。
13世紀①托鉢修道会が出てきました。福音の守る。清貧の徹底。
托鉢修道会とは街に出て行き伝道したり万物復帰。修道会の新しい姿になっていきました。その様な土台の上に、神学の伝統が良く分かり説明できる方々が出てきました。神学の原点は修道生活でした。
16世紀。イエズス会。1534年8日15日モンマルトルの誓いのメンバー7人から成る。
イエス様が語られたみ言の伝統を必死で求め追求してきた。

日本のキリスト教史の意味

日本キリスト教の特徴
460年以上の歴史。キリシタン時代90年。潜伏キリシタン時代230年。復帰時代140年。急激な成長と暗転。

宣教師ザビエルの夢

原理を聞いたザビエルは葛藤しました。前にはイエスキリストと12弟子たちが明らかにイエス様と肉身を持って情を交わし合っていた。また講師は実体で、真の父母様に侍り愛を受けてきた。ザビエルはその時代は誰よりも命をかけて生きてきました。確信がありましたが、原理を聞いて本質が何か知ってしまったザビエルの心に寂しさが込み上げてきました。ザビエルの最後は中国に開拓に行かなけれいけないと準備中亡くなりました。十字架で亡くなった訳でもなく、知られない中亡くなりました。しかし間違い無く中国宣教が神様の願いがありました。その後マテオリッチというかたが登場しザビエルの心ざしを受け継いで行きました。やがて彼は中国語で聖書を残していきました。

韓国のキリスト教

1784年中国のキリスト教の内容から李承薫がキリスト教を平壌に設立。1845年金大建(最初の韓国人司祭)上海から帰国。翌年、殉教。
1866年へいいん教獄、フランス人司祭9名とカトリック信徒約8000名殉教。
韓半島に真の父母様を迎える為に。血の祭壇の連続であった。その土台に世界キリスト教神霊協会が立つ。

イエスキリストの受難と復活

1) 使徒たちの体験
☆イエスの宣教活動。
神の国の福音
奇跡と癒しの業
☆イエスの受難と十字架刑による死
主の死
2) 十二使徒の体験とその継承
1. キリストの受難と死の体験
2. 十字架の死の体験~キリストの死
3. 栄光の主を十字架にはかけなかった。苦しみ。
3) 典礼の役割
キリスト教の典礼
毎週日曜日に礼拝に参加するとイエス様の追体験して行くように教育されてきました。受難の場面を追体験もしたいと思います。
主日の礼拝(ミサ)
4) 典礼暦
①待降節
②降誕節
③四句節
④復活節
5) 信心
①十字架の道行の祈り
②ロザリオの祈り
神様から愛されている事は感じてはいましたが、神様、イエス様の心情に触れることが考えてみたことがなかった。
キリスト教使
まず十字架のイエス様を見て涙から始まり、その次に許しをこう。十字架撤廃はまだ、十字架なんか?と言ったら誰もキリスト教使は受け入れられない。イエス様の十字架を早く下ろしてもらいたい心情。
21修で2世がイエス様追体験した、十字架を取り出したときに血の匂いがした。また十字架にされたイエス様の姿が見えた。
この国はイエス様を知っているだろうか?受け入れているだろうか?、その前に私たちはどうなのか?イエス様がメシヤとして大前提で再臨のメシヤを迎えたこと。その様な土台をこの国はも知らないといけない。
日本では東北全域に沢山のクリスチャンたちがいました。殉教、潜伏しながら。400年前のクリスチャンは個人の信仰ではなかった、氏族圏を勝利していました。ある水準をクリアしていました。
お父様、エルサレムはユダヤ教の聖地ではなくてイエス様の聖地です。
導かれる前に人類の代表がイエス様を十字架にかけたので、それは私がイエスを十字架にかけたことだけは分かりました。選ばれた選民がイエス様を十字架にかけたので私がかけたと涙して来ました。
巡礼で出会いイエス様の悲しみ。復活祭の朝、お父様がみたイエス様、余りに悲しい顔をされ悲しくて服をつかんで泣いた。またなぜお父様が引き受けたのか、探究が必死。