夫は、私が書写を書いたり、学んでいるのは知っていますが、「自分は、そういうのは、嫌いだから関心はない」と、話を聞いてもらえない状況でした。
夫は几帳面でまじめな性格で自分にも他の人にも厳しい人です。特に時間にはとても厳しく、必ず10分前行動する人で、時間にルーズな人は許せないというところがあります。
そんな夫に対して私は常に気を使い怒らせないようにと接する様になりました。心の中では、面倒な人だから「触らぬ神に祟りなし」でいけばいいやと思ってきました。私のとってきた態度は、甘えることもなく、頼ることもなく、可愛げのない妻でした。
 そんな中、突然、夫の父が亡くなってしまい、一人残された母はショックのあまり、言動がおかしくなってしまい病院につれて行くと「認知症」と診断されました。母一人での生活は難しくなり、同居をして介護生活がスタートしました。
 今振り返れば、その時の私は義務感だけで母に接してしまい、母に対する態度は冷たく心のこもっていない、不足な事ばかりでした。いつもイライラしていまい、仕事から帰ってきた夫に怒りをぶつけてしまう事もありました。
夫は黙って受け止めてくれましたが、今から思えば自分の母親が認知症という現実を受け止めるのはとても苦しい出来事だった思います。そんな夫の気持ちを考える余裕すら私にはありませんでした。
 日々の介護の生活は、本当に苦悩の連続で、精神的に追い詰められて自分自身どうなってしまうのか怖くなりました。そんな限界を感じる時、文先生が解かれた統一原理を学ぶ機会を与えられました。
まさに今の自分に必要な内容でした。ある時、訓読していると、心が神様の愛に満たされて、父母の懐の中に強く抱きしめられているような経験をしました。そして「自分は一人じゃないんだ!」と感じさせられました。
それから次第に心が落ち着きを取り戻し、母にもやさしく接することができるようになりました。
すると母も少し落ち着いてきて顔つきも穏やかになっていきました。私も夫もイライラをぶつけることも無くなっていきました。
そして、6年半続いた母の介護の期間が終わりをむかえました。
本当にいろんな事がありましたし、夫婦もさまざまな葛藤や試練の思いを通過しました。しかし書写は私の心を安定させてくれたし、試練の時にどうやって超えていくべきか、家族がいかに愛で一つになったら良いのかを統一原理は教えてくれました。学び続けることで、乗り超えることが出来たと実感しています。
ある日、夫はこんな風に言ってくれました。「母亡き後、お袋に変わって、お礼を言うよ・・・今まで本当にありがとう・・・」夫が私に言ってくれた初めての「ありがとう」でした。
私は統一原理を学ぶようになってから、「自分はどうしたら、良い妻になれますか」と、神様に尋ねる生活を心がけるようになりました。